なぜ「マイクラ×学び」が大ヒット? 宝島社・九内俊彦に聞く、親子をつなぐ“知育本”の編集術
ゲームと学びの境界を取り払った人気の書籍シリーズがある。宝島社の「マインクラフトで楽しく学べる!」シリーズだ。小学生を中心に圧倒的な支持を集め、家庭での学びの時間や学校の読み物コーナーでも存在感を放つ。
同シリーズを立ち上げたのが、宝島社書籍局第3編集部編集長の九内俊彦さん。元ライター、バー(新宿ゴールデン街)の店主を経て編集者となった異色のキャリアの中で、「子どもの好奇心をどう学びへ接続するか」を追い続けてきた人物だ。今回は、マイクラ知育本の誕生秘話から、親子の学びを支える編集術、そしてシリーズを育てるための業界的視点まで、大きな流れを語ってもらった。
■「桃鉄」の成功が切り開いた“ゲーム×学び”という道
--まず、マイクラと学習を結びつけた発想の原点から伺えますか。
九内:実は、マイクラの前に『桃太郎電鉄でわかる都道府県大図鑑』(2021年/宝島社刊)を企画編集しました。ゲームと知育を融合させたはじめての書籍です。桃鉄で地理を学ぶというアイデアは、当時まだ誰も本にしていなかったんですね。初版1万8千部予定が発売前に増部となりすぐ重版。すごい勢いでした。
でも、その前週に出ていたマイクラ攻略本のほうが同じ「実用書」ランキング上位にいて。「マイクラの人気は別格だな」と思わされたんです。桃鉄が“社会を学ぶゲーム”だとすると、マイクラは“自然を学ぶゲーム”。そこから、理科と結びつける方向性が浮かびました。
--マイクラを理科に結びつけるという発想は、どこから生まれたのですか?
九内:マイクラって、地面を掘ると鉱石が出てきたり、天候が変わったり、自然の仕組みがそのままゲームの中に組み込まれているんです。つまり「地学」「気象」「生態系」みたいな要素が日常的に登場する。これを“知識の入口”にすれば、子どもが自然に理科へ向かうだろうと感じました。ゲームは子どもが最も夢中になるコンテンツ。その熱量を学びに変換できることが、最大のポイントなんです。
■親として実感から始まった児童書づくり
大ヒットとなり人気シリーズとなった。
--宝島社はもともと児童書を多く出していたわけではありませんよね。
九内:はい、むしろほとんどやっていませんでした。でも、ちょうど自分の息子が本を楽しめる年齢になってきた頃で「喜ぶものを作りたい」という気持ちが強かった。そこで作ったのが『ひょっこりはんをさがせ!』(2018年/宝島社刊)。当時はひょっこりはんが子どもに大人気で、真似ばかりしている息子を見て「これ絶対本にしたらウケる」と思ったんです。
結果は大正解で、10万部以上のヒットになりました。シリーズ3冊で21万部となり、社内でも“子ども向け本が出しやすい空気”が生まれたのだと思います。そこから企画が徐々に通りやすくなっていきました。
--とはいえ、最初の児童書として『ひょっこりはんをさがせ!』の絵本づくりは相当苦労もあったのでは?
九内:ありました(笑)。絵本を作った経験もなかったので、絵を誰に描いてもらうか、ちゃんと売れるのか、心配ばかりでした。でもひょっこりはんが小学生で大ブームとなっていた親としての実感や“子どもに紙の本を残したい”という思いがあったので諦めたくなかった。タブレットを渡す前に「手でページをめくる体験」を残さなければとも思っていました。
■子どもの「好き」を学びに変える編集術
--そういったこともあり、『マインクラフトで楽しく学べる!地球のひみつ大図鑑』(2021年/宝島社刊)は現在でも売れている14万部越えのロングセラーとなりました。 マイクラ学習本シリーズの制作方針で重要視している点は?
九内:まず「必ずゲーム画面を入れる」ことです。子どもは“好きなものだったら学べる”。これは絶対です。だから、どんなテーマでも“ゲームの本を読んでいる”という感覚を持てるようにする。興味を途切れさせない工夫をしています。
実際、小学校教室内にある学級文庫の棚に「マインクラフトで楽しく学べる!」シリーズを置いてくださったことがあって。そしたら毎休み時間誰かが読んでいて順番待ちになっていたらしいです。普通のゲーム本は先生が「学校に持ってきたらダメ」と言うけど、これは“勉強本”だからOKになる(笑)。子どもからしたら、勉強をしながらゲームについても詳しくなる理想の環境になったのかなと思います。
■専門家との協業で「遊び」と「学び」の質を両立
--監修体制はどのように構築しているのでしょうか?
九内:マイクラのゲーム面はマイクラ職人組合という制作チームにお願いしています。ただ、それだけだと学習本として弱い。そこで理科本を100冊以上手がける左巻健男先生に監修を依頼しました。 左巻先生は「理科系の本でここまで売れるのは珍しい」と喜んでくださり、重版のたびにXで投稿してくださいます。学びの内容をしっかり担保しつつ、子どもの興味を削がない構成を作るうえで、監修者との連携は欠かせません。
--シリーズを続ける上で、テーマ選びの難しさはありますか?
九内:ありますね。一冊目の「地球のひみつ」では理科的な要素は一通り網羅しています。その後の「日本の歴史大図鑑」では大きく方向転換して「建築物を作りながら歴史を学ぶ」という形式にしました。これはこれで売れたのですが、レビューには「ゲーム要素が強すぎて学びが少ない」という声もあって、バランスの難しさを痛感しました。
その反省を踏まえて第3弾の「社会のしくみ」では、学習とクラフト要素を半々に。さらに英単語、都道府県、生き物、鉱物……とテーマを展開しています。
--他社の追随もありますよね。
九内:「マイクラ×学び」本は自分が最初でしたが、今は似た本が各社から出ています。ただ、シリーズは“長く置かれる本”であることが大事なので、一発ネタではなく、時間をかけて育てる必要を意識して編集をしています。
■編集者としての異色の歩み
--ここで改めて、九内さんの編集者としてのキャリアについて聞かせてください。
九内:最初のキャリアはフリーライターです。大学4年から雑誌の手伝いを始めて、カルチャー誌で、グルメ、ゲームなど幅広く担当しました。雑誌が月2回発売から月刊になったタイミングで“ライター以外の仕事もしよう”と思って、ゴールデン街で飲み屋を始めたんです。夜は店、昼はライターという二足のわらじ生活でしたが、結婚を機に昼の仕事に戻ろうと決め、店は弟に譲りました。その頃に宝島社で仕事をしていた繋がりから声をかけてもらい、常勤のフリーランスとして入社。「今でしょ!」の林修先生の本が最初のヒットでした。ほどなく正社員になりますが、ライター時代から培った“企画と構成”の感覚が、そのままマイクラシリーズにも生きています。
--編集長になった今も、ものづくりへの温度は変わりませんか?
九内:編集長になってからは現場の制作は担当編集に任せることが増えましたが、方向性やテーマ選びには今も深く関わっています。子どもたちが心から楽しめるものを作り続けたい。ゲームを通じて学ぶというスタイルは、まだまだ広げられる余地があると思っています。
■“学びは楽しい”と子どもに伝える本を
--シリーズづくりを支える信念を教えてください。
九内:“楽しいと思えることが、学びの入り口になる”ということです。子どもは興味のあるものには一直線ですが、興味のないものは基本受け付けないですよね。だからこそ子どもがみんな大好きなゲームを通じて、自然・社会・歴史・言語……さまざまな知識に触れられる環境を作りたいです。学びは“楽しい”と感じられれば伸びるし、親子の会話も自然と生まれる。そういう本を、今後も作っていきたいと思っています。
--ここまでのお話を伺っていると、“ゲームで学ぶ”というアイデアが単なる企画ではなく、教育的にも大きな可能性を持っていると感じます。
九内:そうですね。特に今の時代って、昔以上に“自分が楽しいと思えるものに沿って学んでいく”という傾向が強くなっていると思います。昔は「まず教科書を開く」が基本でしたが、今は違う。ゲーム、動画、SNS……子どもの情報接触は本当に多様になっている。その中で“どうやって学びにつなげるか”が、親も学校も悩んでいるところだと思うんです。
マイクラシリーズは、学びの入口をゲームに置いているから抵抗感が少ない。たとえば地球の成り立ちをパッと読めと言われてもハードルが高いけど、「マイクラのブロックの仕組みを説明するよ」と言われたら子どもは一瞬で乗ってくる。これは大人には作れない自然な“導線”なんですね。
--確かに、ゲームに出てくる自然現象や建築構造は、そのまま学問につながりますよね。
九内:そうなんです。たとえば子どもは「ダイヤがどこで掘れるか」「エメラルドは珍しい」などゲーム内の情報には詳しい。でもそれが自分たちが生活している実世界の「地殻構造」や「結晶の生成条件」につながると知ると、興味が一段深まる。学び方の主導権が子ども側にあるんです。これは勉強としての強制や義務とは全く違う態度で、自然と知識が定着する。「能動的な学び」とはこういうことなんだろうなと感じますね。
■「ゲームから学ぶ」を文化に
--ゲームと学びを結びつける本は、今後さらに増えそうですか。
九内:“好きな世界観を通じて知識を広げる”という仕掛けは、マイクラに限らず大きな可能性があります。ただし、どんなゲームでもできるわけではありません。マイクラは自然現象・素材・建造物・生き物など、知識と相性が良すぎるほど良い。これほど教材化しやすいゲームはなかなかありません。だからこそ、しっかりと教育的価値を保ちながら展開していく責任も感じています。
--親御さんからの反響はいかがですか?
九内:「初めて読書にハマった本がこれでした」とか「ゲーム以外で集中してくれたのが嬉しい」という声もあります。マイクラ内で再現したり、学びの循環が生まれているんだと感じます。
--なるほど。改めて、このシリーズは“学習のインフラ”になってきている印象があります。
九内:そうなってくれたら本当に嬉しいですね。ゲームを入口にした学びが、家庭の中で自然に起きて、親子の会話が増えたり、学校の活動につながったりする。そういう“生活の中に入り込む学び”こそが、このシリーズの本当の価値なんだと思います。