ノーベル賞・坂口志文が語る「制御性T細胞」研究30年の苦闘 「無視される中でも粘り強く研究を続けた」

研究が認められるまでの苦難描く

坂口志文、塚﨑朝子『免疫の守護者 制御性T細胞とはなにか』(ブルーバックス)

 2025年のノーベル生理学・医学賞はメアリー・ブランコウ、フレッド・ラムズデル、そして日本の坂口志文の3名に贈られた。受賞理由は「末梢性免疫寛容に関する発見」だ。

 免疫系は、細菌やウイルスなどの病原体を異物として排除することで体を守るシステムだ。しかし、無害な異物に対して過剰反応することで花粉症などのアレルギーを引き起こしたり、異物と自分自身の区別が上手くできず自分を攻撃してしまい自己免疫疾患を引き起こすこともある。こういった暴走にブレーキをかける「制御性T細胞(Tレグ)」の発見が今回の受賞内容である。

 坂口志文、塚﨑朝子『免疫の守護者 制御性T細胞とはなにか』(ブルーバックス)は、免疫寛容や制御性T細胞についての理解を深める上で最適な一冊だ。受賞者の1人である坂口志文自身が、医学を志し免疫に取り組み始めたきっかけから、30年以上にもわたる「制御性T細胞」の発見に至るまでの研究の軌跡を、一般読者にも分かりやすく書いている。

 本書の最大の魅力は、研究内容の解説だけでなく、坂口の研究人生における葛藤やライバル研究者との競争、自身の研究が認められるまでの苦悩も含めて生々しく書かれているところだ。中でも第四章「サプレッサーT細胞の呪縛」では、一度否定された学説に類似していたために制御性T細胞が無視される中でも、粘り強く研究を続け、評価を勝ち取るまでの様子が描かれる。意外なことに救世主となったのは、当時「免疫系を抑制するT細胞」という存在に否定的だった大物研究者、イーサン・シェバックだったという。

がん治療、臓器移植への応用

 では、その制御性T細胞とは一体どんな細胞なのか。

 冒頭でも述べたように、私たちの体を守る免疫系は、「自己」と「非自己(異物)」を識別し、非自己のみを攻撃して排除する。その過程で重要な役割を果たすのがT細胞だ。T細胞は骨髄由来の前駆細胞が胸腺(Thymus)で成熟することからその名がついており、「非自己」を見つけて攻撃する「活性化T細胞(エフェクターT細胞)」がよく知られている。坂口氏が発見したのは、この活性化T細胞の活動にブレーキをかける、まったく逆の働きをする特殊なT細胞だった。

 本書の第二章「『胸腺』に潜む未知なるT細胞」では、マウスの胸腺を除去すると自己免疫疾患が起こるという観察から、「胸腺の中に免疫活性を抑える細胞があるのではないか」という仮説が生まれる過程が描かれる。しかし、その細胞を特定するには決定的な「目印」が必要だった。

 その目印となる遺伝子「Foxp3」を同定したのが、坂口と共同で受賞したブランコウとラムズデルだ。第五章では、この遺伝子の発見が、いかに制御性T細胞研究を加速させたかが語られる。

 第六章「制御性T細胞でがんに挑む」、第七章「制御性T細胞が拓く新たな免疫医療」では、この発見が医療にどう活かされるかが具体的に挙げられている。応用範囲は驚くほど広い。

 まずがん治療だ。がん細胞は巧妙にも、制御性T細胞を引きつけたり他のT細胞を制御性T細胞に変化させることで免疫からの攻撃を逃れている。がん細胞は「非自己」とは言い切れない「自己もどき」のような存在であるため、制御性T細胞が自己免疫による攻撃を抑制してしまうのだという。がん組織中の制御性T細胞の数を減らすことができれば、活性化T細胞ががん細胞を攻撃しやすくなるはずだ。

 臓器移植では、拒絶反応を防ぐために制御性T細胞が利用できる可能性がある。「非自己」である移植された臓器に対する免疫反応を抑えるため、制御性T細胞を移入する治療法の開発が進められている。

 関節リウマチや1型糖尿病など、免疫が自分の体を攻撃してしまう自己免疫疾患についても、活性化T細胞を取り除きつつ制御性T細胞の活性を高めることで、治療に結び付けられると期待される。

 他にも感染症のワクチン接種やアレルギーの発症予防など、多方面で応用研究が進んでいるという。制御性T細胞を用いた臨床研究の最新の動向については、本書の著者の1人である塚﨑朝子による解説記事(「免疫の謎」のさきに見出された真実…制御性T細胞が変える医学の地平)にて詳しく紹介されている。

 本書は「この学問は、まだ始まったばかりである。」という言葉とともに締めくくられている。治療の実用化も含め、研究のさらなる広がりが楽しみだ。

■書誌情報
『免疫の守護者 制御性T細胞とはなにか』
著者:坂口志文、塚﨑朝子
価格:1,210円
発売日:2020年10月22日
出版社:講談社
レーベル:ブルーバックス

関連記事