なぜ「生命」と「土」だけは人類に作れないのか? 『土と生命の46億年史』藤井一至に聞く、科学技術で再現できない領域
「生命」と「土」だけは、人類には作れないーー目から鱗が落ちるような鮮烈な帯文と、土を通して見る壮大な地球史を綴ったことで話題となり、2025年7月には優れた科学ノンフィクション作品に与えられる講談社科学出版賞を受賞した新書『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』(講談社)。同書の大ヒットを記念して、YouTubeチャンネル『【科学の教養】ブルーバックスチャンネル』では、著者の藤井一至氏へのインタビュー動画が公開された。
リアルサウンド ブックでは、本動画の撮影現場を取材。藤井一至氏が語った、知られざる「土」の魅力と奥深さを記事化してお届けする。聞き手は、フリーアナウンサーの赤井麻衣子氏。
なぜ「生命」と「土」だけは人類に作れないのか?
――『土と生命の46億年史』には、大まかにどういうことが書いてありますか。
藤井一至(以下、藤井):地球に粘土が生まれて、生命が生まれて、土が生まれて、私たちが生活している現代まで、どんな風に繋がっているのかを自分なりに理解したくて、改めて順を追って繋げてみたのがこの本です。
――土は、私たちの身近にあるものですが、なかなか生命とは繋がりにくいような気がします。生命が生まれた後に土が生まれたんですか?
藤井:たしかにそんなイメージがあるかもしれません。でも、火星や月には生物がいないからこそ、土がないと言われています。もちろん、土のようなものはあるんですけど、火星や月に広がっているのは、ただ岩石が砕け散った砂に過ぎないんです。その一方で、地球には生物がいるから土がある――そもそも土というのは、単に砂と粘土からできているのではなく、生物との関わりの中で作られています。土と生命は切り離せないものなんです。
――そもそも土というのは、何をもって土とされているのでしょう?
藤井:いい質問ですね。赤井さんはどう考えていますか?
――私としては砂と土の違いが、まずわからない(笑)。サラサラしているものが砂で、フワフワしているものが土という程度のイメージです。
藤井:それは大事な観点です。僕も実際に行ったことはないですけど、月や火星の地面は、きっと固いはずなんです。フワフワしていない。なぜかというと、月や火星の地面には、空気とか水の通り道がないんです。それが地球の場合だと、大体半分ぐらいの土が空気とか水とかの通り道になっている。結論を言うと、土は砂と粘土だけじゃなくて、動植物の遺体――たとえば落ち葉などがいろいろな微生物に分解されたものが、混じり合いながらできているんです。「腐葉土」って聞いたことがありますよね?
――ホームセンターとかで売っているような?
藤井:そう。落ち葉が微生物に分解されて、腐った植物と書いて「腐植」と呼ばれるものになっていくのですが、その途中を「腐葉土」と呼んでいます。月や火星にはなくて、地球にはそれがあるからフカフカしているんです。そういった「腐植」があって、さらにそこをミミズなどがグネグネと動き回って、道ができていく。そこに水や空気が通ることによって、はじめて土と呼ばれるものが作られていくんです。さまざまな要素が複雑に絡まり合いながら、長い時間をかけて作られるものが、この本で僕が言っている「土」の正体です。
――なるほど。それらのものが混ざり合った集合体というイメージですね。
藤井:だから、土の種類はひとつだけではなく、その配合によっていろいろと分類されます。しかも、それは地層と呼ばれるような堆積物ではなく、今まさに生き物と砂と粘土が混ざり合いながら変化しているんです。
――ちなみに、本書のオビに「『生命』と『土』だけは、人類には作れない。」とありますが、これは本当なんですか?
藤井:帯文は糸井重里さんにも褒められたコピーで、編集者が考えてくれたものなんですけれど、実は私がずっと思っていたことでもあります。なぜ土が人間に作れないかというと、二つくらいの物質が混ざっているだけなら、研究室のシャーレで組み合わせてみることもできるのですが、「微生物も含めて色々なものが複雑に混ざっていて、変化し続けている」となると、人間に作るのは非常に困難になるからです。
――なるほど。土は想像以上に複雑なんですね。
藤井:たとえば落ち葉を腐植に変えるためには、一種類の微生物ではダメなんです。大さじスプーン一杯の土の中には、一万種類の細菌がいて、しかもそれが百億個ぐらいいるといわれています。それらの微生物が、みんなで協業して落ち葉を分解することによって腐植ができあがる。工場で納豆を作る場合は、蒸かした大豆に納豆菌を入れて、発酵させることによって納豆を作ることができますよね。人間はそういうことはすごく得意なんです。しかし、一万種類の細菌を制御するとなると、それはほぼほぼ不可能です。
――落ち葉を砕いてサラサラにしたものを撒いたら、何とかなるようなものでもない?
藤井:それで偶然に腐植を作ることはできるかもしれないけど、その化学反応式とか化学構造式がわからないんです。だから、同じものがもう一度作れるかどうかはわからない。たとえば工場みたいなところで土を作ろうとしたら、やっぱり毎回、同じクオリティのものを作りたいじゃないですか。なのに毎回、質が違うものになってしまう。安定したものが作れないんです。そもそも「人間が作ったものではなく、植物と微生物が作ったもの」以上にはならないですよね。
――再現性がないということですね。
藤井:「土は人類には作れない」というのは、そういうことです。生命についてもそれは同じで、僕たちの身体を分析したら、炭素と窒素と水などの成分でできているというのはわかるんですけど、それをどう組み合わせたら生命になるかは、いまだにわかってないところがあります。土や生命のように、いろいろな物質が相互作用しながら変化し続けているものは、いまだに科学技術で再現できない領域なんです。
人類が知っておくべき12の土
――先ほど土は一つではないという話がありましたが、今日は藤井先生が世界各地で採取された土をもとにした、土の世界分布図の標本を持ってきていただきました。
藤井:この標本を参照しながら「人類が知っておくべき12の土」を一気に解説してみたいと思います。見ての通り、世界にはいろいろな土があります。気候が違う、植物が違う、人間が住んでいるか住んでいないか、あるいは火山灰なのか花崗岩なのか岩の種類が違う、そして何億年かかって生まれたかという時間も違う、と主に5つの環境要因が違うことによって、世界中には全然違う土が、このように分布しているわけなんです。
――色も結構違いますね。
藤井:色は大事な要素です。鉄が多かったら赤くなりますし、砂が多かったら白くなります。あるいは、日本みたいに腐葉土の成分が多いと黒くなります。
――こうして見比べてみると、日本の土はかなり黒いですね。
藤井:日本の土は、黒くてフカフカしているから「黒ボク土」と呼ばれています。日本はとにかく火山灰が多くて、その火山灰と植物の死骸が混ざっていくと黒くなるんです。日本に住んでいると、土と言えば黒が当たり前だと思うじゃないですか。
――たしかに、そういうイメージがあります。
藤井:でも実は「黒ボク土」は、基本的には日本とニュージーランドにしかなくて、実は世界の土の0.8%しかないと言われているんです。つまり、私たちが常識だと思っている日本の黒い土は、世界的には非常に珍しいんです。
――そうなんですね!
藤井:日本にはもうひとつ、山のほうにいくと、火山灰の土が流れてしまって岩が風化した茶色い土――「褐色森林土」とか「若手土壌」などと言われる土があります。これは世界中どこにでも、それなりにあります。そこからさらに南に行くと、だんだん気候が暑くなって、有機物がどんどん分解されて腐葉土の層が薄くなってしまうので、黄色い土が増えていく。これを「赤黄色土」と言うのですが、こういう土は東南アジアに多いです。じゃあ、アフリカとか南米とか、熱帯雨林が多いところは同じかなと思ったら、こっちは赤い色をしています。この赤い土のことは、「フェラルソル」と呼んだりするんですけど、鉄とかアルミニウムが多く含まれていて、他の成分は失われてしまっているから、栄養分は少なめです。
――なるほど、地域によって全然違うんですね。
藤井:中東とか北アフリカ、西アジアのあたりは、とにかく雨が少ないので「砂漠土」と呼ばれるものが多いです。もうひとつ、わかりやすいところでいくと、シベリアとかアラスカはとにかく寒いわけです。そうすると土が凍ったままなので「永久凍土」と呼んでいます。そして、日本と同じように黒いんだけど、ちょっと黒味が薄い土――これはウクライナとか北米のプレーリー、あと南米のパンパに多いのですが、その土のことを「チェルノーゼム」とか「黒土」と呼んだりします。この土は日本の「黒ボク土」と同じように黒くて腐植を多く含んでいるんだけど、それだけじゃなくて、カルシウムもたっぷり含まれているんですね。
――なんだか作物がよく育ちそうですね。
藤井:そうなんです。日本の土は有機物は多いんだけど、雨が多いからカルシウムが流れてしまいます。一方で「チェルノーゼム」や「黒土」は有機物も多いしカルシウムもたっぷりだから、世界で最高の土――「土の皇帝」と言われています。特にウクライナにはこういう肥沃な土がたっぷりあるので、だからこそ今も昔も大国に狙われ続ける要因のひとつとなっているとも言われています。
ーー土が人の歴史にも影響を与えているんですね。
藤井:その通りです。さらに解説を続けますね。インドのデカン高原のあたりは綿花の産地としても有名ですけど、とにかく玄武岩が多い。玄武岩は風化すると粘土になるんですね。粘土が多いから良い土なのかと思いますが、粘土は乾燥すると収縮してしまうから、ひび割れが起こるんです。そういう土を「ひび割れ粘土質土壌」と言います。
北欧やアメリカの東海岸には「ポドゾル」という土があります。一万年ぐらい前、大陸はずっと氷河で覆われていたんです。3キロメートルぐらいの分厚い氷の塊だったらしいんですけど、それが温かくなったり寒くなったりするときに動くことによって、とにかくいろんなものが削られていって、その土砂のうち軽いものはフワーッて飛んで行ってしまった。北欧のものは、ウクライナあたりに飛んだようです。その後に残された、砂ばかりの土が「ポドゾル」になりました。
――「ポドゾル」はあんまり良い土ではなさそうですね。
藤井:「ポドゾル」には松とかがよく生えているんですけど、その根っこにマツタケみたいなキノコの菌糸がついています。土には栄養が少ないものだから、菌糸はクエン酸などの酸をいっぱい出して、鉱物を溶かしながら養分を取るようになるんです。その結果として、土が酸性になってしまって、砂以外の粘土が全部溶けてしまう。それで真っ白い砂が表層に上がってきた状態になります。
――ちょっとかわいそうなイメージです。
藤井:もうひとつは、これは割と世界中のどの地域にもあるのですが、「泥炭」というものがあります。日本だったら釧路湿原や尾瀬などにあるもので、とにかく水が多くてベチャベチャなのが特徴です。微生物が植物の死骸を分解するために必要な酸素がないので、植物の死骸が分解されないまま溜まっていって、それが「泥炭」になります。ただ、この「泥炭」はウイスキーの香り付けに使えたりするんです。
――なるほど。ウイスキーの産地として有名なスコットランドも「泥炭」が多いんですね。
藤井:そうなんです。そして世界一肥沃な「チェルノーゼム」があるところより、もうちょっと雨が多くなると、「粘土集積土壌」という土に変わっていく。「チェルノーゼム」よりも雨が増えた分、カルシウムがなくなって酸性になってしまうんだけど、水がある地域なので、それはそれで作物の生産性が良い。ただ、「粘土集積土壌」も「チェルノーゼム」と同じく、残念ながら日本にはありません。
土を通して見る、人類の歴史
藤井:だいぶ駆け足ですけど、世界にある12種類の「土」を解説しました。何か気づいたことはありますか?
――先ほど、良い土があるところは大国から狙われやすいという話がありましたが、土の分布は、四大文明の分布とも関わっているのかなと思いました。
藤井:おっしゃるように文明の分布とも関係があります。ただ、面白いのは肥沃な「チェルノーゼム」のある地域に昔から巨大な文明が発達していたかというと、必ずしもそうではないということ。「チェルノーゼム」という土は、今でこそ大人気の土なんですけれど、それはここ百年ぐらいの話で、以前はそこまで人気がありませんでした。なぜなら、「チェルノーゼム」があるところには水が少なかったから。水がないところは、古代からあまり人気がありません。それに対して、古代のメソポタミア文明が栄えた地域は、今でこそ砂漠地帯なんですけれど、大河が流れているから人気があった。おそらく、かつては今のような砂漠地帯ではなく「粘土集積土壌」ぐらいだったと思うんですけど、そういうところで文明が栄えていたんです。地下水を汲み上げたり、灌漑をやったりすることができるようになって、「チェルノーゼム」は初めて注目されるようになりました。
――なるほど。そういった歴史があるわけですね。
藤井:歴史的な観点から見て、私がいちばん面白いなと思ったのは、万里の長城の場所です。万里の長城は「黄色高原」と「チェルノーゼム」地帯の境界に作られているんです。つまり、秦の始皇帝にとっては、世界でいちばん肥沃で「土の皇帝」と言われている「チェルノーゼム」より「黄土高原」のほうが大事で、それを守るために長城を築いたんです。
このような土の分布図を自分で作ってみて改めて思うのは、当たり前かもしれないけれど、世界の土はみんな違うということ。人類発祥の地とされるアフリカから、世界中に拡散していったホモサピエンスは、それぞれの地域のさまざまな土の中で、日々の食べ物を見つけたり、その土で食べ物を育てたりしながら、今日まで生きてきた。土を通して歴史を見ると、改めて人類のすごさにも気付かされます。
――壮大なスケールのお話ですね。今日は面白いお話をありがとうございました。
藤井:こちらこそ、ベラベラとしゃべり倒してしまって申し訳ないです(笑)。詳しいことは、すべて私の本の中に書いてありますので、興味を持たれた方は是非、手に取ってご覧になってみてください。
■書誌情報
『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』
著者:藤井一至
価格:1,320円
発売日:2024年12月26日
レーベル:ブルーバックス
出版社:講談社