幽霊はなぜ夏の夜に現れる? 後宮はどんな世界? 「非日常」の疑問を解決してくれる新書3選

 言われてみれば確かに気になる疑問というのは、日常だけでなく「非日常」の世界にも存在する。

 たとえば、幽霊はなぜ夏の夜に現れることが多いのか? 向こうで夏休みシーズンに合わせてくれている、とでもいうのか? そのメカニズムに関する疑問に答えてくれるのが、8月6日に刊行された古谷博和『幽霊の脳科学』(ハヤカワ新書)だ。脳神経内科医である著者によると、幽霊体験は睡眠と深い関係にあることが研究によりわかってきているという。

 寝床で幽霊に遭遇するも金縛りで体が動かないなんて、怪談でよく聞くシチュエーション。それは、「ナルコレプシー」という睡眠障害を持つ人が入眠時に見る幻覚と似ている。〈どうやら、ナルコレプシーの患者さんが頻繁に体験する入眠時幻覚や金縛りが正常人にもまれに起き、それが「怪談や幽霊譚」として語られるのではないか〉という仮説のもと、著者は様々な幽霊の出てくる話を分析。すると、気候や住環境、時刻の数え方といった要素も、幽霊の特徴や出現するタイミングに影響を及ぼしていた可能性が明らかとなる。令和の時代に聞く怪談は、本書のように体験した人の体調や生活に想像を巡らすのも、味わい方の一つになってくるのかもしれない。

 一握りの人だけが入れる世界というのも、部外者からすると非日常感がある。皇帝や天皇など、男性君主のために集められた女性たちの住む「後宮」。『源氏物語』などの古典文学で何となく存在を知り、中東の「ハーレム」のようなイメージもあるそこは、実際どんな世界だったのか? 8月21日刊行の遠藤みどり『日本の後宮 天皇と女性たちの古代史』(中公新書)は、日本における後宮の成立過程とその実態を解説してくれる。

 本書は後宮での色恋沙汰や陰謀などではなく、「制度」の話が大部分を占める。だからといって興醒めとはならないぐらい、後宮にまつわる制度は紐解いてみると興味深いものがある。たとえば後宮は男子禁制かと思いきや、日本では南北朝時代頃まで男性も出入りできていたという。その要因の一端を奈良時代の律令で定められた、キサキ(天皇の女性配偶者)の社会的地位の高さを示す給与制度や、男女共同で天皇に奉仕していたと分かる女官の職務規程などから窺い知ることができる。

 他にも、近年の女性天皇の是非に関する話題で気になってしまう、「なぜ女性は天皇になれなくなったのか?」という疑問。その答えを、自ら天皇となり政治の表舞台にも立てた女性の役割を夫に付き従う「妻」へと変化させた、平安時代の後宮制度改革に見出すことも可能である。皇室の伝統以外の面を映し出す存在としても、後宮は探究しがいのある世界だということが、本書を読むとよく分かるのだ。

 仕事やイベントなどでの異業種との交流というのも、非日常の一つといえる。その際によく使われる、「異種格闘技戦」という言葉。本家である格闘技・プロレスの世界では、意外と聞かないのはなぜだろうか? 8月8日発売の藪耕太郎『アメリカのプロレスラーはなぜ講道館柔道に戦いを挑んだのか 大正十年「サンテル事件」を読み解く』(集英社新書)は、1921年3月に靖国神社の境内でレスラーと柔道家が対戦した際の一連の出来事――通称「サンテル事件」を軸に、異種格闘技戦が時代の異物となる前の歴史を検証する。

 まず話は20世紀初頭のアメリカ西海岸から始まる。日本人が白人を打ち負かしても良い、「非日常の夢」を提供する異種格闘技戦。その中の一ジャンルとして、柔術や柔道は現地の日系社会で受け入れられていた。日本からやってきた柔術家・柔道家が主に対戦するのは、職業レスリングの選手たちである。寝技中心の格闘スタイル「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」を専門とする職業レスリングと柔術・柔道は相性がよく、試合は各所で観客を熱狂させる。そしてそこで次々と勝利を挙げ注目を集めたレスラーこそが、事件の主要人物の一人となるアド・サンテルだった。

 そのサンテルが海を渡り、柔道の総本山である講道館に対戦を迫る。黒船来航のような構図を思い浮かべたくもなるが、舞台裏は複雑な様相を呈していた。本職の職業レスリングではスターの素質がなく噛ませ犬に甘んじ、来日は「侵攻」というよりは現状打破のためのようにも、自分の居場所=異種格闘技戦を求めての行動のようにも見えるサンテル。柔道も他流試合を通じて発展した過去がある故に対戦に前向きな気持ちと、競技のプロ化・見世物化を認めるべきではないという考えの間で揺れ動く、講道館柔道の創始者・嘉納治五郎。その裏では、異種格闘技戦で一儲けしようと山師たちが暗躍するなど、当時の混沌とした人間模様が本書で浮かび上がってくる。

 そこから異種格闘技戦だけでなく、プロレスと柔道、スポーツにおけるプロとアマチュアといった、それぞれのジャンルの成り立ちと意義も見えてくるこの本。ニッチな話のようでいて、「プロレスは八百長なのか?」「なぜ総合格闘技が生まれたのか?」といった根源的な問いにまで答えてくれる、プロレス・格闘技の入門書としてもお勧めできる一冊なのである。

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