宮﨑駿はなぜ『火垂るの墓』を猛批判したのか? 空襲へのトラウマ、助かった者の葛藤

 高畑勲監督のアニメ映画『火垂るの墓』が、金曜ロードショー(日本テレビ系、金曜午後9時)で8月15日に放送される。同作が地上波で放送されるのは2018年4月以来、約7年ぶりで、終戦80年を迎える8月15日にノーカットで放送される。

 『火垂るの墓』は、戦禍で両親を亡くした主人公の清太と妹の節子が、親戚の家に身を寄せるものの居場所がなくなり、防空壕でふたり暮らしを始めるが、栄養失調のために衰弱死を迎える物語。野坂昭如の短編小説を原作に、高畑勲監督が1988年に製作/発表した。『となりのトトロ』と同時公開された当時は、観客動員数は約80万人、配給収入が5.9億円と興行的には振るわなかったものの、1989年から計13回、テレビ放送され、戦争の痛ましさを伝える名作映画として、多くの日本人の心に刻まれてきた。

 しかしながら、高畑勲監督の盟友であるスタジオジブリの宮﨑駿監督は、『火垂るの墓』に痛烈な批判を寄せていたという。宮﨑駿の思想的変遷を追った評論集『宮﨑駿の「罪」と「祈り」 アニミズムで読み解くジブリ作品史』(blueprint)の著者である日本映画大学准教授の藤田直哉氏に、宮﨑駿が『火垂るの墓』を批判した背景について聞いた。

「私の著書『宮崎駿の罪と祈り』では、宮崎監督が抱える空襲のトラウマについて書きました。宮崎監督の父親は零戦の部品を作っていたため、家は裕福だったのですが、一方で自身は宇都宮で空襲を受けた経験があります。つまり、「戦争加害者側の金で豊かに育った」という加害者的側面と、「空襲を受けた」という被害者的側面の両方を背負っています。宮﨑監督が背負うその両面性は、生涯の創作活動に影響しています。

 ただし、宮崎監督が第二次世界大戦の空襲を直接的に描くことはほとんどありません。『風の谷のナウシカ』や『ハウルの動く城』といった作品でも戦争シーンが描かれますが、あくまでも比喩やファンタジーの形で描かれてきました。『君たちはどう生きるか』の冒頭や『風立ちぬ』の一部に空襲があったことを感じさせるシーンはあるものの、リアルな空襲描写は慎重に避けている印象です。これはトラウマの核心に近いテーマであるため、似たものは描けても、直接的には描けないのではないでしょうか。宮﨑駿監督が生涯直接的には描きえなかったシーンを高畑監督が作品化しているという二人の盟友関係の不思議を、フィルモグラフィからは感じます」

 宮﨑駿監督が空襲の直接的な描写を避ける一方で、高畑勲監督の『火垂るの墓』の描写は脳裏に焼きつくような悲惨さがある。

「『火垂るの墓』では、冒頭から空襲が非常にリアルに描かれています。宮崎監督自身、空襲時に裕福な家庭だったため車で逃げられたものの、貧しい子どもたちは助けられなかったという記憶を強く語っています。『火垂るの墓』は、まさにその「助けられなかった子どもたち」の物語と言えるでしょう。

 そうした背景もあってか、宮崎監督は、稲葉振一郎氏の書籍『ナウシカ解読: ユートピアの臨界』に掲載されたインタビュー記事にて、『火垂るの墓』の主人公設定に激しく異議を唱えています。海軍高官の子どもなら多くの人に助けられるはずで、現実的ではないと。そこには、自身が「裕福な家に生まれた罪悪感」と「特権のない子どもが助からなかった現実」へのこだわりが見えます」

 同時上映された『となりのトトロ』と『火垂るの墓』を並べることで、宮﨑監督が作品に込めた思いが汲み取れると藤田氏は続ける。

「宮崎監督は「トトロ」は「お化け」だと発言しており、とても興味深いです。『となりのトトロ』には、空襲で亡くなった人々の魂が森に留まる——そんな祈りが込められているようにも思えます。同時上映という事実は、この二作の関係性を考える上で重要です。

 対する『火垂るの墓』は、80年代の「戦争をリアルに描こうとするアニメ」の流れの中に位置づけられます。真崎守監督の『はだしのゲン』(83)や、SFですが高橋良輔監督『装甲騎兵ボトムズ』(83-84)などの戦争をリアルに描こうとしたアニメの流れにあり、その後のジブリ作品における『風立ちぬ』や『君たちはどう生きるか』にもつながる作品と言えるでしょう。

 ただし、日本の戦争記憶は「被害者性」に寄りがちであり、『火垂るの墓』もその側面を持ちます。宮崎監督は『もののけ姫』以降、加害と被害、正義と悪を二項対立にしない描き方を意識的に行っています。高畑監督との戦争経験や立場の違いからくるものだと思われます」

 『火垂るの墓』は高畑監督の作風や戦争観だけでなく、宮崎監督の立場やトラウマを浮かび上がらせる重要な作品だと言えるだろう。なお、藤田直哉氏の書籍『宮﨑駿の「罪」と「祈り」』は、宮﨑駿の監督作品を深く読み解くことで、ジブリ作品を通して形作られた日本人の戦争観や宗教観に迫ろうと試みた一冊だ。戦後80年の今年、本書を通じて「日本人にとっての戦争とは何か」を改めて考えてみたい。

■書籍情報
『宮﨑駿の「罪」と「祈り」 アニミズムで読み解くジブリ作品史』
著者:藤田直哉
発売中
価格:2,750円(税込)
出版社:株式会社blueprint

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