新井素子が語る、ホラー創作の裏側と「ぬい」への深い愛情 ーー『おしまいの日』文庫化インタビュー

小説は「書く」ものというより、「書かせてもらう」もの

――『おしまいの日』は、夫を心配する三津子の狂気が描かれるだけでなく、複数人物の視点で展開していきます。

新井:狂ってるのは誰でしょうっていう話だから、三津子単体だと小説として成り立たないんですよね。

――たしかに、読み進めるうちに三津子だけでなく、誰もがおかしく思えてきます。これは書き始めの時点で構想されていたんですか?

新井:私、どんなふうに終わるかをあまり考えないで書くんですよ。だから、書いてみたらこうなった。書きながら自分で「(物語が)そっちに行くのか」と思ったりして。

――UFOの場面などもすごく印象的でした。何か原体験はあったりするんでしょうか。

新井:以前、世田谷に住んでいた頃に、駅までの道のりの途中に空き地があって、「ここにUFOが降りてきてもいいよな」と想像しながら歩いていたんですよね。高校時代の通学路でも、同じことを考えていました。

――『おしまいの日』は、一読者としてはじわじわと心を蝕まれるような怖さを感じる作品です。新井さんご自身は自分の書く小説に引きずられて、メンタルが揺らぐようなことはありますか?

新井:書いているものにつられることは、ほぼないですね。書くことが本当に好きなんですよ。仕事すること自体が気分転換になっています。

――書きながら、苦労した場面などは?

新井:書いている時は大抵苦労しているんだと思うんですけど、書きあがったら忘れますね。出来上がったら、楽しかった記憶だけになっちゃう。そういえば、『おしまいの日』も書いている時は楽しかったんだけど、本が出る直前に担当編集の方が産休に入られたんです。私、彼女が妊娠してることを知らなかったから、なんて胎教に悪いものを読ませてしまったんだろうって。もし知ってたら、違う話にしたかもしれない。

――とはいえ、『おしまいの日』はサイコホラーの物語でもありつつ、三津子がとにかく忠春を心配する、ある意味で究極の愛の物語のようにも思えます。そうしたテーマも構想の中にはあったのでしょうか?

新井:うん、そういう話でもあると思うんだけど。ただ、この小説は私が書いているわけじゃなくて、三津子さんが書いている話なんですよね。物語の進行は登場人物に任せてしまって、私はほぼ頭を使わずに書いているんです。登場人物がどういう人なのかも、書いてみないとわからない。

 私はゲンロンスクールでSF創作講座の講師をやったことがあるんですけど、あまり役に立たないことしか言ってないかもしれない。「登場人物に任せましょう」では、大抵の作家志望の人は困りますよね。実は私、小説の「書き方」がよくわからなくて。だってあれは「書く」ものというより、登場人物が勝手に動き出して「書かせてもらう」ものだから。

――では、ホラー系の小説とSF小説を書く際にも、新井さんの中では書き方に違いはないですか?

新井:まったくないです。『くますけと一緒に』はくますけの考え、『おしまいの日』は三津子の考えでホラーになりました。私が考えたんじゃないんです。だから私、いまでもあらすじを書くのが苦手なんですよ。

『チグリスとユーフラテス』の思い出と、続編構想

――そういえば新人賞に応募した際も、あらすじは提出されなかったんですよね。

新井:天の配剤というか、私がデビューした第1回の「奇想天外SF新人賞」では、募集要項に梗概をつけなくてもよかった。梗概を求められていたら、うまく書けなくてダメだったかもしれないですね。そういう意味ではものすごく運が良かった。

――新井さんのデビューが1977年ですから、50年近く書き続けておられます。その原動力はどこにあるのでしょう?

新井:他のことはさっぱりだけど、書くことだけは手放せないです。たぶん普通の仕事は何もできないよね。中学生の頃、将来は何の仕事をしたいかと考えたりしたんですけど、やっぱり作家以外思いつかなかった。本の帯を書く人になりたいとも思ったんですけど、親に言ったら「それは編集者の仕事だ」と(笑)。でも編集なんて大変そうだし、校閲を仕事にしちゃったら本を読んでいても全然楽しくなくなる気がするし。結局、小学校から中学校、高校、大学から今に至るまで、小説を書くことしかしていないから、これ以外にできることはないんじゃないかな。

――その長いキャリアの中で転機になった作品、あるいは新井さん自身が一番愛着のある作品はあるのでしょうか?

新井:どの小説もかわいい我が子です。手がかからなかった子もいれば、何度も書き直したやんちゃな子もいます。みんな好きだから、一番というのは難しいですね。

 ただ、1996年に発表した『チグリスとユーフラテス』は印象に残っていて。私がデビューした時、取材以外で最初に連絡をくださった編集者が、集英社の「小説すばる」の方だったんです。その際にコバルト文庫にも紹介していただきました。その方から依頼されたら、もう真っ当にSFでいくしかない。それで生まれたのが『チグリスとユーフラテス』です。星新一さんが体調を崩されていた時期で、元気になったら読んでもらいたいなと思っていたけれど、それは叶わなかったですね。私の中では唯一、SF大賞がほしいと思って書いた小説でもあります。そうしたら、本当に受賞することができました。

――これから先、取り組みたい作品やテーマなど、可能な範囲で伺いたいです。

新井:『チグリスとユーフラテス』に数行ほど登場する朱雀二郎という人物がいるんです。人工子宮で生まれた子を100人以上養子にとった結果、朱雀姓の人が大量に増えて、結果として姓がなし崩しになくなってしまうきっかけを作った人なんですけど。なぜ彼がそんなことをしたのかという話を、いつか書こうと思っています。

――ちなみに今日の取材には、ぬいを連れてきていただいていますね。ぜひご紹介いただけますか?

新井:この子犬2匹は、シロメとクロメ。うちには、旦那の親衛隊長をやっている子とか、病院に行く時に絶対一緒に行く子、あとは留守番をして家の火の始末を見てくれる子とか、いろいろな担当のぬいがいますね。これは、ぬいに仕事をさせているってことになるのかな? あまり、ぬいに負担をかけない生活にしたいとは思っています。

――新井さんは近年、ぬいについての取材を受ける機会もありますよね。

新井:ぬい需要そのものが増えたってことですね。そういえば、日本人形玩具学会という学会で講演もさせてもらいました。そのとき、登壇している研究者の方のそばにいたぬいが、講演中に勝手に動いていたのを見ちゃったんですよ(笑)。観客も、「動いてたよね、今」「ほら、やっぱりぬいは動くじゃん!」と反応があって。……って、取材の最後に何の話をしてるんですか、私は(笑)。

――あらためて、リアルサウンドブックの読者へメッセージをお願いします。

新井:ぜひ読んでいただければうれしいです。本当に、その一言に尽きますね。

■書誌情報
『おしまいの日 新装版』
著者:新井素子
価格:990円
発売日:2025年6月20日
出版社:中央公論新社

『くますけと一緒に 新装版』
著者:新井素子
価格:968円
発売日:2025年1月22日
出版社:中央公論新社

関連記事