エンタメ社会学者・中山淳雄に聞く、キャラクター大国ニッポンの課題「翻訳する人材もまったく足りていません」
グローバル展開についての問題点は?
中山:原作のコミックについては、作家と編集者を中心とした2~3人体制で作っているのが強みだと思います。開発費も大きなアニメやゲームは、関係者が多い分だけ「誰からも文句が出ない」という点で、無難な創作物になりやすい傾向があります。外部の声から遮断された状態で制作されるマンガのほうが、圧倒的に尖った作品が生まれやすいんですよね。アンケート主義をもとに、とにかく面白いものを作るというシンプルなものです。
でも常に盤石ってわけじゃないんですよ。90年代までは黄金期でしたが、『週刊少年ジャンプ』も「BLEACH」以降の00年代後半は苦しんでいたと認識ています。私もその時代のエンタメ業界は「これからはゲームの時代だ」「マンガよりアニメだよな」などという空気感があって、2010年代後半から「鬼滅の刃」「呪術廻戦」「チェンソーマン」などマンガ原作のアニメ化で国民的人気を博するようになった。今は絶好調ですね。
――『キャラクター大国ニッポン』の「鬼滅の刃」の章では、“アンケートで下位だった時期から、アニプレックスがアニメ化に動いていた”というエピソードが紹介されています。
中山:“作り手”だけじゃなく、そうやって作品を広げようとする“運び手”の存在がとても大事なんです。「ドラゴンボール」も95年に原作の連載が終わってもゲームや映画など派生作品は作られ続けますよね。それで20年経ってから『ドラゴンボール超』のアニメ化とともに、モバイルゲーム「ドラゴンボールZ ドッカンバトル」(2015年)ごろから経済圏が急浮上してくる。「鬼滅の刃」のアニメ化にいち早く動いたアニプレックスもそうですし、『ポケモン』のアニメ化を任天堂に提案した久保雅一さんもそうですが、ヒットするコンテンツは原作者や出版社だけでなく、周辺を取り囲む“運び手”のなかでキーパーソンが存在することが多いです。しかも1社だけでやっているわけではなくて。「ドラゴンボール」や「ONE PIECE」で言えば、集英社、バンダイナムコグループ、東映アニメーションのトライアングルがあってそのなかでそれぞれが頑張ることで、結果としてIPが膨らみ続けますよね。。
――「ポケモン」も任天堂、ゲームフリーク、クリーチャーズの3社によって運営されているとか。このスタイルを中山さんは「日本のキャラクター作りは「連帯と調和」にある」と記しています。
中山:“アニメ製作委員会”はまさにそうですよね。ディズニーのように巨大な資本を投資できないという事情もあるんだと思いますが、権利を分散して協力的な関係を作れるのは日本特有でしょうね。海外の人たちから見るとわかりづらさもあるかもしれませんが。
――なるほど。本書では海外に向けた施策、グローバル展開についての問題点も指摘されています。
中山:2010年代半ばからIPビジネスの海外展開意識が高まってきましたが、欧米や韓国に比べるとまだまだ苦手ですね。まず人材が足りない。日本の英語話者(グローバルビジネスで英語が使える)は7%程度だと言われていますが、これはアジア各国のなかでも相当低い数字です。英語ができて、ビジネスができて、コンテンツIPのことがわかる人は本当に希少です。コンテンツを別の言語に翻訳する人材もまったく足りていません。アニメや漫画のセリフにしても、「日本語では大丈夫でも、他の言語では引っかかる」ということがあって、別の言葉に置き換える必要がある。意訳も含めて、アメリカやヨーロッパの企業はそういうローカライズを戦略的に行っているんです。特に日本語の場合は、まず英語にしてから、別の国の言葉に訳することが多いので、そうすると原作のニュアンスがどうしても失われてしまうんですよ。マンガやアニメではキャラクターの喋り方も特徴付けになっているので、そこをどうするかは大きな課題ですね。
――言葉の壁はやはり大きいんですね……。
中山:まずは英語をしゃべりましょう、海外に出ましょうというところからですね。日本のコンテンツ業界のポートフォリオを作ると、“コンテンツを作る能力”や“協調的にプロジェクトを動かす能力”は優れていますが、グローバル展開、ローカライズは100点満点で30点くらいだと思います。肌感ですが、韓国は60点、イギリスは80点くらいの印象なので、その差は大きいです。にも拘わらず、これだけ日本のコンテンツが海外で支持されているのはすごいことです。2023年の時点で、エンタメ産業の輸出額は5.8兆円。経済産業省は2033年までに20兆円に引き上げる官民戦略を発表していますが、この数字はやってやれないことはないと思っています。
日本のエンタメビジネスは開国のとき
中山:確かに経産省や内閣府に向けて書いている部分、“Toクールジャパン”というところはあります。そういう意味ではBtoBなんですよね、この本は。
――日本を代表するコンテンツの成功の背景、発展のプロセスもこの本の大きな読みどころです。「ONE PIECE FILM RED」のヒットに関しては、「Ado(アド)とのコラボが決定的だったと考える」と高く評価されています。
中山:劇場版とはいえ、本来原作にはなかったキャラクターをあそこまで核心に触れる形で登場させたこと自体、ほとんど例がないことだと思います。もしアーティストサイドから「宣伝になるので私をキャラにしてつかってください、曲も創ります」といっても普通は通らないですよね笑。「ONE PIECE」とAdoのコラボは、もともと尾田栄一郎先生がAdoさんのファンだったことも大きいと思いますが、あれだけ他のコンテンツを深く取り込んだ展開はすごかったです。
――きわめて有効なコラボレーションだったと。
中山:そうですね。昨年、TVアニメ「クレヨンしんちゃん」に雨穴さん(うけつ/覆面ホラー作家兼YouTuber)が登場しましたが、視聴率も年間最高だったとか。しんちゃんがあんなに困惑した顔をしたアニメは初めて見ました(笑)。人気YouTuberとのコラボとしては大成功の分類にはいるのではないでしょうか。キャラの世界観を守ろうとすると、たとえば「ドラえもん」などでは難しいですよね。逆に“仕事を選ばない”ハローキティだと「ガンダム」とも「銀魂」とも、完全に越境したコラボが一つの芸になっている。
最近の傾向として、動画切り抜きなどでユーザー参加型のコンテンツになっていることにも注目すべきでしょうね。「#大沢たかお祭り」が大きなムーブメントになりましたが、「キングダム」にとってはメリットしかなかったはず。ただ、ある参加者が公式に許可申請をしたのは残念でしたね。そうなれば公式は断るしかないですから。もったいなかったなと思います。
――起こったバズは止めるな、と。エンターテインメントやIPビジネスに興味を持っている若い世代に、この本を通してメッセージしたいことは?
中山:エンタメ業界にどんどん飛び込んできてほしいです。私は慶応義塾大学で教えていますが、コンサルや商社ではなく、エンタメ業界を選ぶ生徒もじつは増えているんです。「海外で勝負できるのはITかエンタメ」という若い人は、これからどんどん増えるのではないでしょうか。アメリカやインドなどの優秀な方にもぜひ、日本のエンタメ業界に入ってきてほしいです。個人的には「GAFAより、日テレ経由でジブリのほうが面白いよ」と言いたいです。ただ、「日本語ができない」というだけで優秀な人材を落とす企業があるのも事実。さきほど申し上げた「もっと外に出ていくべき」ことも含め、いざ開国のとき!と言いたいですね。
■書誌情報
『キャラクター大国ニッポン-世界を食らう日本IPの力』
著者:中山淳雄
価格:2,420円
発売日:6月7日
出版社:中央公論新社