『京都お抹茶迷宮』『和菓子のアン』「駒子」シリーズ……人が死なない「日常の謎」を紐解くミステリ3選
デパ地下×和菓子のお仕事ミステリ「和菓子のアン」シリーズ (光文社)
進学も就職も決まらないまま高校を卒業した杏子は、雨の日に駆け込んだ東京百貨店のデパ地下で、「ここなら、食べることが好きな自分にとって働きやすいのでは?」と思いつく。無事面接に受かった杏子は、和菓子舗・みつ屋でアルバイトを始める。杏子とともにみつ屋で働くのは、お客様の注文から背景まで読み取るがバックヤードでは株価に一喜一憂する椿店長、頼りになる元ヤンの桜井、無愛想なイケメンかと思いきや意外な内面を持つ和菓子職人志望の立花。そんなみつ屋には、日々何かしらの事情を持つお客様がやってくる。
和スイーツとお仕事つながりで、次は坂木司「和菓子のアン」シリーズ(光文社文庫)をおすすめしたい。
本作は、季節のうつろいとともに入れ替わる上生菓子と「日常の謎」とが絡み合う、おいしいミステリだ。
軽妙な杏子の一人称にくすりとしたかと思えば、何とも個性豊かなみつ屋の人々が気になり、さらにはおいしそうな上生菓子に食欲をそそられて……と、あっという間に引き込まれてしまうこと間違いなし。
「和菓子のアン」シリーズは、季節を彩る和菓子と結びついた「日常の謎」だけでなく、高校を卒業したばかりの杏子がアルバイトを通して成長する物語でもあり、内側に入ってみなければわからないデパ地下を舞台にしたお仕事小説としても楽しめる。
デパ地下には、贈りたい人や用事が明確なお持たせを選ぶときだけでなく、何か素敵なとっておきを買って帰りたいときにも足を向ける。書店でこれから読む本を選ぶときの高揚にも似た期待にしっかり応えてくれる、さながらぎゅっと餡子が詰まった饅頭のように魅力たっぷりのシリーズだ。
読者と作家の文通が日常の謎を紐解く「駒子」シリーズ(東京創元社)
短大生の駒子は、書店でどこか懐かしい絵で彩られた『ななつのこ』という短編集と出会う。読了後の勢いのままにファンレターを出すことにした駒子は、感想とともに自分の周りで起こった〈スイカジュース事件〉についてしたためる。すると、思いかけず著者の佐伯綾乃から返事が届いた。なんとその手紙には、駒子が書き送った謎を優しく紐解く「想像」が綴られていて……。
最後に、最近日常の謎を描いた作品に触れ始めた人に、ミステリ好きにはお馴染みの加納朋子「駒子」シリーズを紹介したい。
「駒子」シリーズは、『ななつのこ』『魔法飛行』『スペース』(創元推理文庫)、絵本『ななつのこものがたり』(東京創元社)、そして2024年に20年ぶりに刊行された最新作『1(ONE)』(東京創元社)からなるシリーズだ。
読者と作家の文通を通して明かされる日常の謎を描いた本作には、加納朋子のあたたかい目線と柔らかい考えがすみずみまで行き届いている。
駒子が日常の中に見いだすのは、早歩きして通り過ぎてしまえば気づかなかったかもしれない「謎」だ。文通を通して読者の前に描き出される謎が解かれたときの情景は、ひどく優しい。
……と書くと、「優しい物語はちょっと苦手」と感じる人もいるだろう。そういう人にも一度手に取ってみてほしいのは、加納朋子が描く優しさには、さみしさや苦さといった痛みが内包されているからだ。
『1(ONE)』で著者自身が触れているように、駒子の物語はいまよりも随分前の「現代」を舞台として語られる。いまから初めて読むと少し遠い出来事のように感じるかもしれないが、読み進めるうちに違和感は物語への興味に変わっていくはず。優しい日常の謎を描いた物語に心を動かされる喜びを、ぜひ味わってみてほしい。