『京都お抹茶迷宮』『和菓子のアン』「駒子」シリーズ……人が死なない「日常の謎」を紐解くミステリ3選
北村薫「円紫さんと私」シリーズや初野晴「ハルチカ」シリーズ、近藤史恵「ビストロ・パ・マル」シリーズなど、「身近な生活の中にある謎を取り扱う人が死なないミステリ」こと「日常の謎」ものは、本好きから根強い人気を得ている。
「日常の謎」は、魅力的なキャラクターを軸に物語が展開するライト文芸とも相性がいいのも特長だ。望月麻衣「京都寺町三条のホームズ」や三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズなど、人気を得て巻を重ねた作品も多い。
「日常の謎」ものでは、基本的に殺人事件は起こらない。人が死なない謎が主軸となり、連作短編形式の作品が多いことで、手に取りやすさを感じる人もいるはずだ。
今回は、そんな「日常の謎」もののおすすめ3作をご紹介。
訳あり作家とグルメな新米編集者コンビによる抹茶をめぐるライトミステリ『京都お抹茶迷宮』(マイクロマガジン社)
京都の出版社で事務員として働いて3年目になる小依(こより)は、ある日先輩編集者の代わりに資料を届けることに。待ち合わせ場所にいたのは、着物姿も自然なはんなりとした京男子にして作家の皆月だった。
マイペースな皆月に巻き込まれる形で、小依は先輩編集者の代わりに企画本の担当編集を務めることになる。京都の抹茶に関する逸話を探しながら、人気の名所やスイーツを紹介する紀行エッセイ本『京都お抹茶迷宮(仮)』を製作するべく、小依は皆月とともに取材に向かう。そんな中、二人は千利休の孫・宗旦と白狐にまつわる不思議な逸話を持つ、何やら事情を抱える桔梗園茶舗と出会い……。
最初に紹介するのは、4月21日に発売されたばかりの新刊・石田祥『京都お抹茶迷宮』(ことのは文庫)だ。
物語は、まだまだ初々しさの抜けきらない出版社の事務員・小依が、何やら少々訳ありの作家・皆月とともに京都の街を取材しながら進む。皆月は、そそっかしいところのある小依にも寛容な大人だが、作家らしくマイペースな人物でもある。柔和だがつかみ所のない皆月に、編集者見習いの小依は翻弄されるのだが……本作のユニークな点は、小依の味覚の鋭さにある。
調理師の母の料理を食べて育った小依は、舌が肥えている。皆月を「フワフワしているけれどしっかり大豆の味がするおぼろ豆腐」のようだと評したり、食べる前から感動を味わわせてくれるパフェを「打ち上げ花火」に例えたりする小依の感性は、作中で登場するスイーツたちを魅力的に言い表してみせる。御団子や抹茶ゼリー、和洋折衷のパフェや羊羹といったスイーツの味わいを言語化する小依を面白いと感じるのは、皆月だけではない。読者は二人と一緒に京都の街を歩いて、おいしいお抹茶スイーツを味わっているかのような心地にさせられる。
それもそのはず。著者の石田祥は、『猫を処方いたします。』(PHP文芸文庫)で第11回京都本大賞を受賞した、京都出身・在住の作家だ。後書きには生活圏内の京都しか詳しくないとあるが、地に足のついた描写は現実と地続きにある京都を細やかに写し取っている。
好きな抹茶スイーツはあったとしても、薄茶と濃茶の違いをぼんやりとしか把握していない人も少なくないだろう。とはいえ、本作は茶道が身近でない人でも楽しめる物語だ。作中には知っているようで深くは知らない抹茶の知識が織り込まれており、二人の取材を通すことですんなりと理解できる。読書を通して世界が広がる点でも、楽しい一冊だ。
抹茶と聞いて思い浮かべる味は、何とも形容が難しい。ただ苦いでまとめるには複雑で奥行きがあり、苦さの中に忍ぶ甘みの強さや香りもさまざまだ。
一定の評価を得ながらも文芸からは遠ざかっている皆月が、甘い物を口にしながらも「得意ではない」と語る理由。老舗の茶舗に伝わる逸話と重ね合わされる人間模様と、年に一度の茶会で特別に披露される茶葉をめぐる小さな事件。本作には、苦みの奥に甘さを感じる抹茶と同じように一言ではっきりとは言い表しがたい事情も含まれている。
それでも読後が軽やかなのは、ゆったりと構えるおおらかな皆月と、時に驚くような思い切りの良さを見せる小依が織りなすコンビの魅力ゆえだろう。
ことのは文庫のライトミステリは、いずれも人が死なない「日常の謎」もの。本作を楽しく読んだ後は、同じく京都を舞台にした泉坂光輝「神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル」シリーズや、魔女と呼ばれる店主がいるパン屋が舞台の湊祥「魔女は謎解き好きなパン屋さん」シリーズを手に取るのもおすすめだ。