月村了衛はハードなノワールだけの作家じゃないーー社会の希望を描く『おぼろ迷宮』レビュー

 そして第三話の着地点だが、重大な犯罪であるため、納得できない読者もいることだろう。だが、第二話で鳴滝老人に、社会とはどういうものかと聞かれた准教授が、「そうですね、しいて申しますと〈希望〉でしょうか」といい、その理由を語っている場面に注目してほしい。鳴滝老人もまた、社会が〈希望〉であってほしいと思っているからこそ、いたずらに罪人を作らないのだ。

 ここまで読んできて分かったが、作者の社会に対する眼差しは一貫している。ただし、ノワールなどでは絶望的な面を、本書では希望的な面を捉えているのである。だから本書から“優しさ”が伝わってくるのだろう。これもまた、月村了衛の世界なのだ。

 さと、そろそろ物語も終わりを迎える。最終話「朧荘最後の日」は、大家から朧荘を取り壊すといわれ、賛成派の夏芽と反対派の鳴滝老人が対立する。他の住人たちにアンケートを取ろうというドタバタ騒ぎが、朧荘の歴史と過去の住人の、ノスタルジックな物語になっていく。ストーリー展開が鮮やかだ。とっても幸せなのに、どこか切ないフィナーレにも満足した。そして願う。いつかまた、夏芽と鳴滝老人の物語を読みたいものである。

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