月村了衛はハードなノワールだけの作家じゃないーー社会の希望を描く『おぼろ迷宮』レビュー
月村了衛の作家デビュー作は、至近未来の日本を舞台に、警察小説とロボットSFを融合させた『機龍警察』である。以後、これをシリーズ化し、大きな人気を獲得した。また、冒険小説・アクション小説・時代小説なども精力的に発表。さらに近年は、現代日本の問題を抉り出したノワールに取り組んでいる。
このような物語群からハードな世界を、月村作品の特色と思っている読者は多いだろう。それは正しい。だが、ごく少数だが、優しさと懐かしさを感じさせる作品もあるのだ。たとえば「特撮」を題材にしたノスタルジックな連作ミステリー『追想の探偵』、そして本書『おぼろ迷宮』である。ちなみに本書も連作ミステリーだ。
主人公の三輪夏芽は、C大学社会学部の二年生。おんぼろアパート「朧荘」に住み、『甘味処 甘吟堂』でバイトをしている。しかしある日、バイトに入るために『甘吟堂』に行くと、見知らぬ男が主人と名乗り、訳もわからないままに店を追い出された。さらに翌日『甘吟堂』に行くと、いつもの主人から「昨日は私一人きりで大変だったんだから。休むんなら連絡くらいしてよ」と叱られてしまう。いったい何が起こったのか。混乱する夏芽だが、この件でアパートの隣人の鳴滝老人と知り合いになる。そして鳴滝老人は、快刀乱麻に謎を解き明かすのだった。
というのが、第一話「最初の事件」の粗筋だ。不思議な謎の真相に、あまり知られていない社会問題を絡めて、読みごたえのある内容になっている。続く「次なる事件」は、大学の『地域福祉学A』の前期試験を忘れていた夏芽が、ゼミの指導教官の榊准教授から呼び出される。追試は行われないが、講義内容に相応しいレポートでそれに代えることができるという准教授。地域の人々の話を聞き取りレポートにまとめることによって〈人の心に寄り添う〉とはどういう意味かを学ぶようにいわれた。しかたなく聞き取りを始めた夏芽だが、一人息子を失った母親が詐欺の被害に遭っている可能性に気づく。自分ではどうにもならず鳴滝老人を頼ったところ、あっという間に、意外な真相を明らかにするのだった。
第一話もそうだったが、この話も鳴滝老人は、鋭い推理力を発揮しながら、事件を丸く収めるようにする。ここに本書の重要なテーマがあるのだが、その意味は後で述べよう。また、鳴滝老人の正体が、ひとつの読みどころになっているが、第三話「最大の事件」の冒頭で、あっさりと判明する。
かつてC県警を震撼させた不祥事は、犯人と目された刑事が交通事故死したことでケリがついた。しかし新たな疑いが持ち上がる。第二話に登場した剛田という男が、この件を鳴滝老人のところに持ち込む。一方、准教授から新たな課題〔自ら課題を見つけレポートにまとめること〕を与えられた夏芽は、この事件の調査し、レポートにしようと考える。かくして三人は動き出すのだった。
一話ごとに大きくなっていく事件は、この話で頂点を迎える。といっても笑えるシーンも多い。夏芽と鳴滝老人は、ちょっとした証言を手掛かりに、いろいろな店のプリンを食べまくったりするのだ。実は本書、甘味の描写が、やたらと多い。さらに准教授とも店で遭遇する。甘味好きの助教授は第二話で鳴滝老人と出会って、意気投合している。詳しい説明は省くが、この准教授の扱いも巧みだ。