「シェア型書店には、本当に面白い出会いがたくさんある」 『猫の本棚』水野久美が語る、『書棚の本と猫日和』の“いい人連鎖”
書店の本棚を間借りすることで、誰でも自分の小さな本屋をオープンできる、シェア型書店。近年ブームとして全国に広がっている新しい書店の形態だ。そんな中、看板猫のいる新宿のシェア型書店を舞台にした、佐鳥理の『書棚の本と猫日和』(ことのは文庫)が2024年10月に刊行された。本の街である神保町で、最初に生まれたシェア型書店『猫の本棚』のオーナー・水野久美氏は、本作をどう読んだのか。シェア型書店の魅力も含めて語ってもらった。(南 明歩)
出会いが連鎖していく物語が、まさにシェア型書店そのもの
――シェア型書店を舞台にした小説が出ると聞いて、どんな印象を受けましたか?
水野久美(以下、水野):シェア型書店には、本当に面白い出会いがたくさんあるんですよ。普通に生活する上では接点がないような人同士が出会うので、私も舞台や映画にしたら面白いんじゃないかなと日頃から思っていたんです。だから、この作品が生まれたことも納得です。実は、『猫の本棚』の棚主(シェア型書店で棚を借りて本を販売している人)さんの中にも、お店を舞台にしたオリジナル小説を書いた方がいて、私もキャラクターとして登場するんです。本を扱っているつもりが、いつのまにか自分が本の登場人物になっているなんて、面白いですよね。
――実際に『書棚の本と猫日和』を読んでみてどうでしたか?
水野:出会いが連鎖していく物語が、まさにシェア型書店そのものだなと。「そうそう! こういうことある!」と読みながら何度も膝を打ちました。構成も繊細で、色々な世代や立場の人たちが自然に繋がっていくので、飽きることなく一気に読んでしまいました。
そして、高校生から70代の方まで、その世代だからこそ感じるであろう心のありようがとてもリアルに描かれているんですよね。キャラクターの台詞の中には名言もすごく多いので、作者の佐鳥さんは、きっとキャラクターの相関図を作りこんでいたんじゃないかなとか、普段から何か思いついたことをすぐに書き留めているのかなとか、創作背景や日常にまで興味がわきました。こんなに素晴らしい作家さんと出会えたということも、シェア型書店を通じて起きた不思議な出会いの一つですね。
――特に印象的だったキャラクターを教えてください。
水野:第五話の主人公・恵美子さんです。子どもと孫、それぞれの気持ちに寄り添おうとしているうちに心が引き裂かれて、そして新しい自分を発見するさまが感動的で、何度も泣きました。自分の子どもが子育てする様子を見て、過去の自分の子育てにおける古傷が疼いてしまうのって、とても辛いことですよね。でも「この歳になって振り返ってみても、子育ての正解がわからない。でもわからないから面白かったのかもしれない」という境地にいたる彼女の言葉に希望を感じましたし、「自由になれた今こそ、探しに行かなければ」という言葉にも勇気づけられました。恵美子さんと孫の瑞己ちゃんは、きっと佐鳥さんも思い入れのあるキャラクターなんじゃないかな。なんとなくそんな気がします。
――高校生の孫が東京で買ってきた本をきっかけに、70代の恵美子の人生が良い方向に変わっていく流れも、本の持つ力を感じさせられましたね。
水野:そうそう。恵美子さんが地元の岡山でシェア型書店の棚主になったとき、新しい服を買うシーンがありますよね。あそこが個人的にすごく好きでした。実際、『猫の本棚』の棚主さんの中にも同じような方がいたんです。最初は地味めな服装だった中年女性が、髪型を変えて、服もおしゃれになって、喋り方も変わっていって、どんどん華やかになっていくんです。多分、『猫の本棚』に来ることが単調な日常から飛躍するきっかけになったのかなって。「あそこにおしゃれして行ったら楽しいかも」と思ってくれているようで、とても嬉しかったです。
他にも、『猫の本棚』で最高齢の80代の男性が、棚主になったのをきっかけにスマホデビューしてInstagramを始めたこともありました。元々はスマホを欲しがる奥様に「そんなもの必要ない」って止めてた方だったのに、今は夫婦でスマホを使ってるみたいです。シェア型書店って、人生が変わるきっかけを作れる場所でもあるんです。
――まさに小説と同じようなドラマティックなストーリーが、現実でも生まれているわけですね。『猫の本棚』のもう一人のオーナーである樋口尚文さんも、本作について「まるでうちの店を題材にしているかのよう」と仰っていたと伺いました。他にも、『猫の本棚』が重なる部分はありましたか?
水野:色々ありすぎて、1つ1つ思い出せないくらいです。瑞己ちゃんのように、SNSで知って地方から来てくれた高校生の女の子もいましたし、好きな棚主さんの本を買い占める方もいました。たとえば競走馬のDNAの研究をしている方の棚を目当てに、北海道から馬の牧場を経営している方がわざわざ来て、棚の本のほとんどを買って帰っていかれたこともありましたね。
“本の野生保護区”を作っているような気持ち
――作中では、新宿から岡山に広がっていく本を“ボトルメール”、自分の棚を作ることを“ささやかな推し活”と表現されていました。水野さんからは、シェア型書店の本や棚はどう見えていますか?
水野:ボトルメールという表現にはすごく共感します。私も自分の本を売ったりしていたんですが、どういう人が買ったのか、やっぱり気になるんですよ。想像するだけで夢がありますよね。それから、シェア型書店を運営することで、“本の野生保護区”を作っているような気持ちもあります。基本的には何を置いてもいいし、隠れ家的な店舗でアットホームな雰囲気なので、利益を追求する営利目的の棚主さんは少ないんですよね。 だから、お店は本が自由に生きられるサンクチュアリ、棚主さんは本を守るガーディアンみたいな存在でしょうか。また、『猫の本棚』では売上の3%を保護猫活動に寄付する活動もしているので、本と猫を守る聖域みたいな空間ですね。
――猫の存在も、本作と『猫の本棚』を繋ぐ重要なキーですね。作中の猫の描き方についてどう思いましたか?
水野:作中の猫たちは、特に役割を与えられず、ただ存在しているだけですよね。私、そこがすごくいいなと思ったんです。本来猫って、そういう生き物じゃないですか。人間は、自分の人生や生活をすぐ物語化しようとするけど、そこに同調なんてしてくれなくて、むしろ全部ぶった切って物語を破壊してくる存在が猫だと思うんです(笑)。私はそこに救われているんですよね。きっと佐鳥さんも猫が好きなんでしょうね。
今は猫グッズや猫に関する商売がたくさんありますが、私は猫にも肖像権があると考えているので、猫を利用してビジネスをするなら、ある程度は還元しなきゃいけないと思うんです。それで保護猫活動への寄付をしているという面もあります。
――作中に、「本を読むときは自分と作者しかいないと思っていた。他の読者の存在を感じるなんて不思議」という台詞が出てくる通り、シェア型書店は、新しい形の読書体験を作っているようにも思えます。水野さんから見て、棚主が介在することの価値はどんなところにあると思いますか?
水野:棚を見ると、棚主さんの人柄がなんとなくわかるんですよね。この人とは気が合いそうだな、この人が推してる本なら私もきっと好きだろうなとか。小説にも出てきますけど、「この書評家の本なら読んでみたい」みたいな感覚に近いですが、もっとプライベートな感じかな。たとえば、「棚主さんも私と同じようにここで泣いたのかな」とか、そんなことも想像できて、ワクワク度が上がりますよね。本には読んでた方の気配も残りますしね。たまに猫の毛が挟まっていたりして(笑)。