テレビドラマ化でも話題の漫画『怖れ』なぜ人気作に? 原作者と映像ディレクターが語る、現代ホラーのつくり方

■ホラーブームを牽引するヒット作に

『怖れ』のポスターを中央に原作者である川上十億氏(左)と演出を務めた小山巧氏(右)

 WEBコミック界で常に話題を席巻し、人気が衰えないジャンルのひとつが“ホラー”である。近年、漫画や動画、ドラマなどあらゆる界隈でホラーブームが再燃しているという。SNS上でもホラー作品の考察班が盛んに書き込みを行っている。科学技術が進化した令和の時代だからこそ、かえってホラーが恐怖感をかきたてるのかもしれない。

 そんなホラーブームを牽引する漫画のひとつが、サイコミのヒット作『怖れ-令和怪談-(以下、怖れ)』だろう。パパ活から推し活、フードデリバリーサービス、蛙化現象まで…… 日常的かつ身近で、誰もが遭遇しそうなシチュエーションで描かれたオムニバス作品である本作は、8月15日からCBCテレビでテレビドラマ化され、話題を集めている。

 今回は『怖れ』の原作者である川上十億氏と、本作の演出を務めた小山巧氏にインタビューを行った。現代ならではのホラー作品を生み出す秘訣から、魅惑の映像を生み出す手法、さらには撮影現場で起こったミステリアスな現象まで、独占インタビューで明らかにした。

■令和の時代ならではのホラー漫画

『怖れ』の原作者である川上十億氏

――サイコミで配信されている『怖れ』が大ヒットしていますね。川上先生は原作者目線から見て、ヒットの要因はどんなところにあると思いますか。

川上:現代ならではの怪談にフォーカスして作っているので、真新しさを感じてもらっているのかもしれません。僕はたしなむ程度にホラーが好きなのですが、編集さんは本当にホラーが好きで、もしかしたら僕よりも深く精通しているかもしれません。そのため、2人とも、今まであったものの焼き直しではなく、新しいものを作りたいという思いが根底にあります。令和ならではの要素を入れていきたいと、企画を立ち上げた頃から考えていました。

――8月15日からドラマの放送が始まりました。取材を行っている今日はまだ1話が放送されたばかりですが、川上先生にご覧になった率直な感想を伺いたいです。

川上:想像以上にクオリティが高くて、驚きました。特に、演出にはめちゃくちゃこだわっているなと感じました。

小山:嬉しいですね。川上先生には今回初めてお会いするので、1話を見てどう思われたか、会うまでドキドキしていました。

――オープニングの映像も素晴らしく、ネット上でも好評でした。

小山:顔に穴が開いているデザインがいいですよね。表情によって人の二面性や三面性を表現すべく、撮影しました。俳優さんは訳がわからないまま写真を撮られ、メイクさんは映らない部分までしっかりメイクしていたので、本当はもっと顔出しをしたほうが良かったかもしれませんが(笑)。なにはともあれ、オープニングを作るときは楽しかったですし、作中の曲もいいんですよ。

川上:どんな曲が充てられるのか緊張していたのですが、世界観にぴったりでした。まだ1話しか見ていないのですが、原作者として最高ですと言いたいです。

■“ワッ”だけではない怖がらせ方を

『怖れ』のドラマ化での演出を務めた映像ディレクターの小山巧氏

――漫画は1話完結のオムニバス形式ですが、ドラマでは全10話まで話が繋がっているのが相違点ですね。

小山:もともと原作には話を跨いで出てくるキャラもいるので、話を繋げてみたら、もしかして面白いんじゃないかなということで続きものになりました。続きものではありますが、原作のエピソードを満遍なく、少しでも入れようと散りばめています。漫画の読者のみなさんは、お気に入りのエピソードがどう使われたか、探してみるのも楽しみかもしれません。苦労しましたが、やってよかったと思いました。映像を作りながらも、普通のホラーとは違うものを作っていると感じましたし。

――普通のホラーと違う点としてのこだわりは。

小山:いわゆる“ドキドキ”や“ワッ”だけではない、人の怖さのようなものを“怖れ”をテーマになぞっていこうと考えながら映像を作っています。“ワッ”だけではない怖がらせ方は、桑島憲司監督(注:本作は小山監督と桑島監督の2人体制で制作)と何度も議論しました。わかりやすく言えば、余白を作り、見る人が考えたくなるような演出を心掛けています。

――余白があるからこそ、想像力をかきたてますよね。

川上:漫画でもその点はこだわっているのですが、なにぶん週刊連載なので、締切に追われながら間を作っていくのは大変なんですよ。コマとコマの間のエピソードは読者任せにしてしまっているので、ドラマで補完していただいているのは嬉しいですね。

小山:話が飛んでいるところがあるのも漫画の良さだと思います。ドラマはその間を埋めているので、ドラマ独自の演出として楽しめると思います。

川上:もっとコマ数を使って、じっくり見せたくなることもあるんですけれどね。なにぶん時間がないもので(笑)。

――原作には秀逸なエピソードがたくさんあるので、どれを採用するか、かなり悩まれたのではありませんか。

小山:僕がずっと最初から入れたいと言っていて、入れられなったエピソードが「蝉」ですね。王道のエピソードで、令和だ令和だと言いながら、結局そこかい、と(笑)。提案し続けたのですが、まあまあそれは……と言われて、総スカンだったのですが(笑)。

『怖れ』「蝉」より

川上:『怖れ』の中ではB級度合いが強いですからね。

小山:でも、漫画を読んでいる人やニッチな人は、「蝉」が映像になったら喜ぶんじゃないかと思いますね。だって、純粋に凄く怖いじゃないですか。今回外れたのは続きものの話の中に上手く入れることができなかったためです。続編の制作が決まったら、是が非でも入れたいと思っています(笑)。

■考えるすき間を作れるため、映像はシンプルに

――小山さんが考える、ドラマの見どころはどんな点ですか。

小山:莉子さんが演じる主人公が、いろんな人に転生していったりしてキャラが変わっていくところ。髙木雄也さんも演技の幅が凄く広いですね。あと、僕が好きなキャラは滝野で、8~9話が一押しです。あんなにネチネチしている男がこんなになるんだなという変化が見れますので、楽しみにしていてください。莉子さんや髙木さんをはじめ、役者陣は本当に頑張ってくださったと思います。
――小山さんが映像を撮るうえでこだわった点は何でしょうか。

小山:『怖れ』に関しては、ギミッキーなことを敢えてやらないのがいいと思っています。ノイズになるような派手さではなく、余白やスペースを作って、視聴者が考えるすき間を設けるべく、できる限りシンプルに映像を作っています。

川上:漫画も同じで、読者になるべく想像してもらえる感じに描いています。オチも、その先の展開は読者の想像に任せるような終わり方にしています。

――ホラー作品が話題になると、考察班の考察が白熱します。『怖れ』も盛り上がっていますよね。

川上:作っているこっちが考察班に驚くくらいですよ。ああ、こう考察するのか、と感心してしまうこともしばしばです。アイディアを借用して、描いてみたいと思ってしまうこともありますよ(笑)。もちろんそれはしませんが。考察班は凄く着眼点が鋭い人ばかりでびっくりですし、盛り上がりを楽しんで見ています。

■ネタ探しはいつも苦労している

――パパ活やVTuberなど、令和の時代ならではの現代的なテーマを扱っているのが『怖れ』の特徴です。ネタ探しはどうやっているのですか。

川上:それはもう、苦心しながら……(笑)。僕と編集さんでこういうネタが上がっているとか、トレンドの話題を出し合います。ネットやSNSの流行は意識していますね。パパ活もそのとき話題に上がっていたので入れました。

――社会に対する風刺にもなっているし、現代社会を映す鏡のようになっています。

川上:ただ、最近はトレンドの移り変わりが激しいので、新鮮なうちに出さないと使えなくなってしまうので大変です。また、今の時代は移り変わりが激しい一方で、同じようなものが繰り返しトレンドになる傾向があります。例えば、最初登場した頃のAIと、進化した最近のAIは違いますよね。ただ、漫画のネタは一回使ったら使えないので、ネタ選びにはいつも悩んでいます。

――リアリティある背景の描写も見どころです。

川上:令和の時代に合った背景を描くのは、結構難しいんです。例えば、学校のシーンを描くときは、僕が学生だった時代の記憶でつい描いてしまいがちです。今は黒板ではなく、タブレットで授業している学校も多いですよね。そういう細かい設定は意識しているところですが、読者から突っ込まれないかいつも不安になります。

――細かい描写にも苦心しながら、川上先生は創作されているというわけですね。ちなみに、特に好きなエピソードを上げるとすれば何でしょうか。

『怖れ』「パパ活」より

川上:思い入れがあるのは第1話の「パパ活」ですが、「令和都市伝説」のネタも好きです。令和都市伝説は、昔ながらのことを今どきのネタでやれたかな。「顔補正」も読者受けが良かったし、自分もいいネタだと思って出したものが受け、令和ならではの怪談を作れた達成感がありました。

小山:僕は「蝉」ですね(笑)。「退職代行」もよかったです。そもそも、退職代行なんてサービスがあることに驚きました。自分と社会の距離ができているなと、怖さを感じた作品でした。

『怖れ』「退職代行」より

■なぜ令和の時代にホラーブーム?

――近年、空前のホラーブームが起きています。

川上:僕が子どもだった頃に『リング』や『呪怨』が流行ったので、それが一世代回ったのかなと。今の若い子たちはそういった作品を履修していなかったりするので、オーソドックスなホラーは新鮮に映るのかもしれませんね。

小山:僕もなぜだろうと思ったのですが、川上先生がおっしゃるように、一周回った影響はあるかもしれませんね。僕は基本的にホラーって得意ではなくて(笑)、『リング』でギリギリです。まさか、自分が作る側になるとは思いもしなかったのですが。

――これまでに影響を受けたホラー作品がありましたら教えてください。

川上:僕はジャパニーズホラーの影響を受けているのですが、師匠の押切蓮介先生の影響も大きいかな。押切先生は日常の中に突拍子もない話を盛り込むことで、リアルな怖さを描いています。日常をいかにリアルに描くかは、ホラー漫画のキモだと思いますね。

小山:『2001年宇宙の旅』は、僕の中ではジャンルとしてはホラーなのです。というのも、底知れない未知なるものの怖さを扱っているからです。だいぶ前に作られた作品ですが、作中の世界観と、スマホなどの無機質なものに監視されている現代は近いのかなと思っています。

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