アリは人間より5000万年も早くに農業を発明した? 昆虫による驚異のイノベーションを伝える『虫・全史』

 昆虫のイノベーションの対象は、こうした体の機能だけではない。メスとオスと協力して産卵の準備をしたり、自ら子供の餌となって栄養を与えたり、他の虫にベビーシッターをさせたり。子育てにおける戦略は、社会的な行動の進化にもつながる。中でも高度な発達を遂げたのが、アリやハチ、シロアリである。

 オーストラリアに生息するジガバチの一種は、複数のメスで一つの巣を共有し、門番役と給餌役を分業しながら繁殖を行う。シロアリは設計図も現場監督も存在しない状態から、数十万・数百万匹もの労働力で、空調管理もされた巨大なシロアリ塚を作りあげる。アリはなんと、人間より5000万年も早くに農業を始めている。ハキリアリは大型働きアリが植物から新鮮な葉を切り取って巣に持ち帰り、小型働きアリがそれを処理して菌類を栽培する。こうした集団生活の様子を、第10章「女王とコロニーのために」と第11章「超個体」で、詳しく観察することができる。

 一方の我々人間はといえば、本書の中で、昆虫のことを顧みない好き勝手な行動が目立つ。殺虫剤の過剰な使用。生息地の環境変化を招く自然破壊。チョウやガは移動中に轢かれて、道路上で無惨な死を遂げることも多々ある。

 果たして人類のイノベーションは、地球にとって有益だったのか? 人間のどこに社会性があるのだろうか? と思えてきてしまう。部屋で虫を見かけても潰そうとするのではなく、姿形や動きを観察した後、穏便に外へ戻す。それぐらいの昆虫への興味と社会性は、本書を読んでせめて持っておきたいものだ。

■書籍情報
『虫・全史 1000京匹の誕生、進化、繁栄、未来』
スティーブ・ニコルズ(著)、熊谷 玲美(翻訳)、丸山宗利(監修)
価格:3,960円
発売日:2024年7月18日
出版社:日経ナショナルジオグラフィック

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