斜線堂有紀ら、5人のミステリー作家が「脱出」に挑戦 アンソロジー『ミステリー小説集 脱出』刊行記念トークイベント

右から阿津川辰海、織守きょうや、斜線堂有紀、空木春宵

 作家同士のトークイベントなので、それぞれの執筆状況も知りたいところ。どのような日課で執筆しているかを聞かれて、阿津川は「こちらに来る前に原稿用紙20枚くらい書いてきました」と答えて、斜線堂から「偉すぎる」と賞賛を浴びていた。織守は「朝は8時過ぎに起きてご飯を食べて、お昼ぐらいまで書いて遊びに行かない時は午後も書いておやつを食べてまた書きます。毎日緩いノルマを決めて、1日5枚とかは必ず書くようにしています」と規則正しい執筆状況を披露した。

 ユニークだったのが井上で、「自分は場所を変えないと書けなくて、いま和歌山にいるのもそのためです」と、執筆のために旅行までしてセルフ缶詰めの状況で自分を追い込んでいることを明かした。斜線堂は、「『どうぶつの森』みたいに眠くなったら寝ます。1日に決まった時間だけ頑張って、疲れたら寝るといった感じで暮らしています」とマイペースぶりを話したが、その中身は超充実。「1時間で6000文字くらい書きます」。400字詰めなら15枚だから相当な執筆スピードだ。

 空木は、「今日は頑張ったというのが5枚くらい。斜線堂さんとか阿津川さんの仕事ぶりを見ていると、自分もやらないとと思います」と神妙だったが、そうした執筆活動を通して生まれてくる言葉遣いが独特で、井上から「1行のコストが凄い」と評されていた。言葉を探して吟味し推敲もして作り出される空木の小説世界に触れたことがある人なら、納得の執筆スピードと言えそうだ。

 今回のイベントに合わせて、会場となったブックファースト新宿店ではそれぞれの寄稿者が選んだ、他の「脱出」がテーマとなった作品を展示・販売していた。阿津川が選んだ作品は、法月綸太郎の『しらみつぶしの時計』(祥伝社文庫)に収録されている表題作「しらみつぶしの時計」で、「設定が面白くて、最後の瞬間まで論理的に潰していく展開が何回読んでも面白い」とアピールした。

 織守は、『地雷グリコ』(KADOKAWA)が本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞を次々に受賞した青崎有吾の『11文字の檻 青崎有吾短編集成』(創元推理文庫)に収録されている表題作「11文字の檻」をセレクト。「どうやって推理をするか、どうやって脱出するかといったテーマで無駄がなく面白い」と評した。

 斜線堂が選んだのは、カリーヌ・ジエベルによる小説『無垢なる者たちの煉獄』(竹書房文庫)で、「指名手配犯が逃げ込んだ屋敷にいたのがサイコパスの殺人犯で、肉体的に痛め付けられながらどう脱出するかといった作品」とのこと。聞くからに残酷そうで痛そうだが、「最後にカタルシスがある」という斜線堂の言葉を信じて読むことで、何か得られる感動もありそうだ。

 空木は、ミュージシャンの大槻ケンヂによる『ロコ!思うままに』(角川文庫)に収録の表題作「ロコ!思うままに」を挙げた。「お父さんとふたりで暮らしていて、お化け屋敷の中で育てられている子どもの話で、親の呪縛を逃れて外の明るい世界に踏み出していきます」と空木。大槻が所属するバンドの「筋肉少女帯」も好きでライブにも良く行くというだけあって、ミステリーのジャンルとは違うところから作品を見つけてきた。

 井上は、サラ・ウォーターズ『荊の城』(創元推理文庫)を紹介した。「ある富豪の話で、お嬢さまとメイドが出て来て百合ミステリーとして紹介されていたので興味を持ちました。愛憎の中で脱出する部分が面白くてハマります」と井上。百合ミステリーへの関心がある人なら読んでみたくなる紹介になっていた。

 このあと、小説以外のジャンルで気になった「脱出」物についての話になり、阿津川からDMM TVでネット配信されているバラエティ番組『大脱出』のシリーズが挙がって、「2期の『大脱出2』は、1の成功を受けて作られた完全なミステリー」と評された。斜線堂からは、狭いチューブに入って放置される「丸呑み体験」という体験が紹介され、「一生に一度やってみると良いです」と勧められた。編集から「自分が脱出したいこと」について聞かれた際、阿津川は「締め切り以外にありますか?』と返答、井上は「脱稿したい」と続けた。作家たちが何よりも逃げたいものは、やはり「締め切り」のようだ。

 最後に、それぞれの今後の活動予定が紹介され、阿津川からは、7月26日発売予定で、特殊な能力を持つ者同士が殺人犯と警察官として対峙する『バーニング・ダンサー』(KADOKAWA)が刊行されること、WEB別冊文藝春秋で展開されている有栖川有栖デビュー35周年記念トリビュートに寄稿する、『山伏地蔵坊らの放浪』(創元推理文庫)や『ブラジル蝶の謎』(講談社文庫)をモチーフにした作品が公開されることを話した。

 織守も、有栖川有栖トリビュートに参加していることや、江戸時代が舞台となった本格ミステリーの連作短篇集が登場することを予告。斜線堂は、タテ読み漫画サイトのジャンプTOONに原作者として参加し「きみのためのエデン」を提供していることや、両者とも6月刊行予定のアンソロジー『貴女。百合小説アンソロジー』(実業之日本社)に参加していることを話した。

 空木は、最新刊である『感傷ファンタスマゴリィ』(創元日本SF叢書)と、織守、斜線堂とともに参加したアンソロジー『屍者の凱旋 異形コレクションLVII』(光文社文庫)について話し、井上は、プログラムのアルゴリズムを使った子供向け謎解き小説「引きこもり姉ちゃんのアルゴリズム推理」(朝日新聞出版)が今夏に出ることや、「ぎんなみ商店街の事件簿」シリーズ(小学館)の続編を執筆中であることを紹介して、来場者にそれぞれの活動をアピールした。

■書籍情報
『ミステリー小説集 脱出』
著者:阿津川辰海、井上 真偽、空木春宵、織守きょうや、斜線堂 有紀
価格:1,980円
発売日:2024年5月22日
出版社:中央公論新社

関連記事