【連載】速水健朗のこれはニュースではない:リュック・ベッソンからの手紙

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第9回は、速水が出版社に勤めていた頃に出会ったとある同僚の話。

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某有名ハリウッド映画の制作に関わっていたという男

 大谷翔平とその水原通訳の話、この数ヶ月、ずっとメディアはその話を報じ続けている。その大半は、契約金の額やホームランの飛距離や本数の話。そして、借金の額やギャンブルで損をした金額の話である。こうした数字をいくら並べても、そこにはドラマは感じられない。

 これはちょっと自分の身に起きたある出来事の話だ。

 僕が25年くらい前に勤めていた出版社での話。当時の僕は雑誌の部署にいたが、4年目くらいのころに、社内で起ち上がったストリーミング配信の新規事業の部署に異動になった。僕を含めて10人ほどのメンバー。その部署に、僕よりもあとに年下のXという同僚が加わった。Xは、部長が大手映画会社から引き抜いてきた鳴り物入りの人物。ちょっと前まで某有名ハリウッド映画の制作に関わっていたという。

 Xが来てから、大手の取引先との案件が次々と決まった。だけど、なかなか本契約にはたどり着かない。ストリーミング配信自体が時期尚早なのかなくらいに当時の僕ら現場は思っていた。ただでかい取引先を捕まえてくるXは、どんどんと出世して、僕より年下だけどその部署のナンバー2になった。

 部署が起ち上がって半年も経たない頃だろうか。Xが結婚した。祝辞がいくつも届いたが、その中にリュック・ベッソンからの祝辞もあった。かつて一緒に仕事をしたときのエピソードが司会者によって代読された。

 その部署の仕事は楽しかったが、事業としてはうまくいかなかった。ある日、Xの部下であるSが僕のところにやってきて「速水さん、実は全部探してみたけど、見つからなかったんです」という。Xの日頃の仕事内容に不信感を覚えたSは、Xが売り文句にしていた、Xが関わった某有名ハリウッド映画のスタッフクレジットを全部チェックしたのだ。Xの名前はなかった。

 そのSくんの言葉を聞いた瞬間に、僕らのもやもやはすべて氷解した。Xは虚言癖の持ち主だったのだ。彼のいうとおりに進めようとした案件は、どれもとても大口で、どれももれなく途中で頓挫していた。明白な因果関係だったが、虚言癖の人を見たことがなかったから、まるで疑うことをしなかった。そして、嘘が大きすぎるとむしろ人は気が付かない。

 僕らがそれに気づいた瞬間、はたと思い浮かべたのは、あの日のリュック・ベッソンからの祝辞だ。リュック・ベッソンが日本語で電報など送ってくるだろうか。誰もあの瞬間には疑問にすら思っていなかったこと……。

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