日経エンタ!元編集長に聞く、伝説のヒットメーカー吉田敬「強い信念で人を動かす稀有な存在だった」

■今でも影響を与え続ける吉田敬のプロモーション戦略

黒岩利之『「桜」の追憶 伝説のA&R 吉田敬・伝』(blueprint)

ーー『「桜」の追憶 伝説のA&R 吉田敬・伝』でもさまざまにヒットの仕掛けが書かれていますよね。

黒岩:吉岡さんのお話を聞いていて、『日経エンタ!』で当時やっていたことに、今でもプロモーションをする際の原体験があるというか、インスパイアされている部分がかなりあったと改めて感じます。

吉岡:レコード会社の仕事で一番大事なことはヒット曲をつくることですよね。ビジネス的には売り上げと利益をどう作るかという話になりがちですけども、それは結果の話で、重要なのはヒット曲をいかにつくるか。吉田さんが活躍されている頃からそのヒット曲のつくり方がちょっとずつ変わっていったと思います。昔は制作の人がキーマンのイメージがありました。

黒岩:「ハウスディレクター」って言われるスタジオの現場を仕切るディレクターがヒット仕掛け人として主導する時期がありましたよね。

吉岡:そう。それがだんだんといい楽曲をどう伝えていくかが重要になってきた。ミリオンにするならば相当の仕掛けがないといけない。だからプロモーションの人たちが力を持ってきたのではないでしょうか。プロモーションや宣伝を担当する皆さんはなんて呼ばれていましたっけ?

黒岩:ソニー・ミュージックでは営業部で各営業マンに施策などを発信する役割の人たちが「販推」と呼ばれ、一方メディアに向かって発信する宣伝マンのこと「販促」って呼んでいた時期がありましたね。ほかのレーベルは宣伝部とかプロモーション部とかっていう名前だったんですけど。

吉岡:吉田さんも、もともと販促ですよね。プロモーションや販促の人たちがリーダーになって、アーティストをどう売っていくかを考え始めて、次第に海外のように「A&R(アーティスト&レパートリーズ)」と呼ばれるようになっていった。吉田さんは、その移行期をつくっていった人なのかなっていう気はしますね。

■制作スタッフへの3つの禁止事項

黒岩:敬さんはよくディレクターなどの制作のスタッフに「スタジオに行くな」「キャンペーンに行くな」「フェスに行くな」って、3つの禁止事項を言っていました。

吉岡:ええ、なんで!?

黒岩利之氏

黒岩:当時の制作では。外注プロデューサーを立てることが多かったんです。だからレコード会社のディレクターがやることって、それ以外の数字の管理や雑務しかなくて。その音をどう届けるかっていうことを考えることがA&Rだ、っていうのが敬さんの根底にあった。敬さんは曲を多くの人に届けることを常に考えていたんです。だから、ディレクターにはスタジオには行かずにPRを考えろって言いたかったっていうのが「スタジオに行くな」の理由だと思います。

 「キャンペーンに行くな」は、地方のツアーやフェスでは、現地のプロモーターがちゃんとコーディネートしてくれることが多いので、マネージャーとアーティスト本人さえ行けば問題ない。

吉岡:なるほど。

黒岩:突き詰めて考えればフェスにレコード会社の人間が行くことで、直接的なヒットにはつながらないと思うんです。もちろんブッキングは大事ですしどういうステージでどういう風に見せるか演出を考えることも大事だから、ライブでのクリエイティブの部分をチェックしたりすることが大事だというのは制作側としても当然あると思うんですけど。ただそれは敬さんの目には、遊びに行っているとしか映らなかった。

  でもみんなどうしても行きたいこともあるから3つの禁じ手をかいくぐって、現場に行っていたこともあるんですけれどね(笑)。

 多分敬さんの真意は、ルーティンのように現場に行ってぼんやり時間を過ごすんだったら「メディアに売り込みに行け」という教えだったんだと思います。制作部はみんな嘆いていましたけど。でも、敬さんっぽいエピソードだと僕は思います。

■「これは売れる」という強い信念を感じた

ーー吉岡さんは吉田さんとのエピソードで何か覚えていることはありますか。

吉岡:吉田さんは自分の信念というか「思いの強さ」が相当ありましたよね。ある意味思い込みを大事にされていたのかなと思います。「これは売れる」っていう思い込みがないと周囲を説得できないし、ロジカルに説明していても結局最後に人を動かせるかは、どれだけの思いがそこに乗ってるかっていうことが重要になってくる。吉田さんは、キーパーソンをしっかりおさえるっていうところは、きちっとされていましたけど、自分に本当に正直じゃないと、これだけ人を巻き込んで動かせない。これだけの実績は作れなかったのではと思います。

黒岩:敬さんからの提案やプレゼンのときも、そうした思いの強さは感じていましたか?

吉岡:僕らもその提案されたものが正直ヒットするかどうかって、わからないわけですよ。すると誰がやっているか、どれだけ思いが乗っているのか、っていうところで判断していく。吉田さんからストーリーを聞いて、その流れの中で僕らも「じゃあ、このタイミングで取材入れますか」って動かされるような感じはありましたよね。

黒岩:そうですね。敬さんは中長期的なビジョンも含めて明確な意図がありました。

ーー吉岡さんも吉田さんとは、同じビジョンを共有しやすかったということですね。

吉岡:一人のミリオンアーティストを育てられたとしても、これだけ多くのアーティストでミリオンヒットを達成することは本当に難しい。吉田さんは稀有な存在でした。だからこそ、僕らは吉田さんの仕掛けに注視していたわけです。

ーー黒岩さんはそんな吉田さんの軌跡を『「桜」の追憶 伝説のA&R 吉田敬・伝』として本に纏めました。改めて現在はどのような心境ですか?

黒岩:そうですね。ようやく吉田敬という学校の卒論を提出できたっていう感じでがあります。今は敬さんから学ばせてもらったものをどうアウトプットしていくのかという思いです。今は、アーティストが所属する音楽事務所を運営しながら、メジャー、インディーを問わず色々なレーベルやアーティストの宣伝業務に関してサポートしたりアドバイスを行うコンサルティング業務を行っているんですけれども、最近だとインディーズで配信した曲がいきなりある日突然TikTokでバズって大当たりみたいなこともある中で、じゃあメジャーレーベルの意義って何? っていう時代に突入している。だから僕は、メジャーとインディーレーベルとの間を行き来しながら、何かできることを日々模索しています。

(左)黒岩利之(くろいわ・としゆき)
ソニーミュージック、ワーナーミュージックジャパンの宣伝畑を歩み、老舗音楽事務所スマイルカンパニーの代表を務めた後、独立。2022年に合同会社デフムーンを設立。宣伝コンサルタント業を営みながら、新人アーティストの発掘・プロデュースを行っている。

(右)吉岡広統(よしおか・ひろずみ)
月刊誌『日経エンタテインメント!』(日経BP)の創刊メンバーで元編集長。1997年から2013年までの約17年間、同誌にて、主に音楽業界を担当。現在は東京ゲームショウなどのイベント事業に携わる。

【書籍情報】
タイトル:『「桜」の追憶 伝説のA&R 吉田敬・伝』
著者:黒岩利之
価格:3,300円(税込価格/本体3,000円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:四六判ソフトカバー/320頁
ISBN:978-4-909852-48-9
Amazon、blueprint book store他、各書店にて発売中です。
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