宇多田ヒカルと直木賞作家・小川哲の対談掲載へ「SFマガジン」が目指す、“開かれた”SFの真意を探る
「SFマガジン」6月号に宇多田ヒカルと小川哲の特別対談が掲載されると告知され、4月25日の同号発売前から話題になっている。これを機に「SFマガジン」とはどのような雑誌か、ふり返ってみよう。
[1998年の宇多田ヒカル名義のファースト・シングル「Automatic/time will tell」以来、多くのヒット曲を送り出してきた彼女のような歌姫が、小説誌の中心的な記事に登場するの
は、珍しいだろう。対談相手の小川は、「SFマガジン」を発行する早川書房が主宰の第3回ハヤカワSFコンテスト(2015年)で『ユートロニカのこちら側』が大賞を受賞してデビューし、2023年に『地図と拳』(2022年)で第168回直木賞を受賞している。現在、注目度が高まっている作家だ。
宇多田が今月10日にリリースしたデビュー25周年記念のベスト・アルバムは『SCIENCE FICTION』(=SF)と題されており、対談では読書家の彼女が、SF小説のほか中上健次、川端康成、ヘルマン・ヘッセなどの作品について、小川と語りあったという。
確かに今回の人気シンガーの登場は珍しい出来事ではあるが、「SFマガジン」がメインの記事で音楽をあつかうのは、これが初めてではない。2016年6月号の特集は「やくしまるえつこのSF世界」であったし、同号では相対性理論(アインシュタインの物理学理論ではなく同名のバンドの方)のほか、ソロや様々なコラボで活動するやくしまるの世界観に焦点があてられた。また、2016年4月号ではデヴィッド・ボウイ追悼特集が組まれていた。
中心的な記事ではないが、最近でも2024年4月号にはバンドのボーカル・作詞だった櫻井敦司の急逝を受け評論「BUCK-TICKにおけるSF的想像力――人間と機械、生と死の狭間で」(つやちゃん)が掲載されたほか、2023年12月号ではフライング・ロータスをインタビューしていた。最新の「SFマガジン」6月号では、宇多田の対談以外にワンオートリックス・ポイント・ネヴァーのインタビューが告知されている。「SFマガジン」は、SFと近しい世界観を持つミュージシャンをしばしば誌面でとりあげてきたのだ。
同誌の編集長は2021年に塩澤快浩から溝口力丸に交代したが、1968年生まれの塩澤は以前のインタビューで1991年生まれの溝口について「コミック、ゲーム、アニメなどに目配りというか、小説と同じように普通に摂取してアウトプットしている」と評していた。
SFというジャンルは、もともと他のメディアと親和性が高く、小説の映像化、映像のノベライズといったアダプテーション(他の表現メディアへの改作)が行われるケースが多い。このため基本的に小説誌である「SFマガジン」には映画、ドラマ、コミック、ゲーム、アニメの話題が頻繁に登場しており、メディア横断的な興味の矛先は音楽にも向けられている。編集長の世代交代以後、そうした傾向はいっそうナチュラルになったといえるかもしれない。
1960年創刊の同誌は現在では唯一のSF専門商業誌となっており、各号の特集テーマには、ジャンルの伝統、現在進行形のトレンド、未来への布石を順繰りに選んでいる印象がある。2022年12月号「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」、2023年4月号の故人を追悼した「津原泰水特集」、同年6月号「特集 藤子・F・不二雄のSF短編」などは、ジャンルの偉人を回顧し、SFの伝統を確かめる内容だった。
それに対し、2022年6月号「アジアSF特集」では劉慈欣『三体』の大ヒット以降の状況を押さえ、2023年2月号「特集 AIとの距離感」ではこの技術のジャンルへの影響を考え、2024年2月号「特集 ミステリとSFの交差点」では近年の特殊設定ミステリ流行を視野に入れ、現在なにが起きているかをとらえようとした。
一方、溝口編集長への交代直後だった2022年2月号「特集 未来の文芸」では2020年代を担うであろう書き手による小説と評論でSFのこれからを模索し、2023年10月号「特集 SFをつくる新しい力」では小説や評論、エッセイだけでなく、10~20代SF読者アンケートや大学SF研座談会を行っている。SFはファンダム(ファンのコミュニティ)の存在が大きいジャンルであり、書き手とともに受け手の未来を見つめようとする姿勢がうかがえる。
また、溝口は「SFマガジン」2019年2月号で担当した百合特集が成功したことで編集者として注目され、編集長になってからは2022年4月号で「特集 BLとSF」、2024年4月号で「特集 BLとSF2」を行っている。彼は編集長就任時の2022年2月号の巻頭言で「SFは、誰であっても自由に楽しむことのできるジャンルです。しかし、本誌のこれまでの在り方が、性別や年齢などを問わず、本当に全ての読者に開かれてきたかといえば、決してそうではなかったと、これまで本誌に携わってきた者として責任を感じております」と記していた。BLへの着目も、そのようなジェンダーというテーマへの問題意識が背景にあると推察される。
河出書房新社発行の純文学の文芸誌「文藝」2022年夏季号には「SFマガジン」責任編集の「グレッグ・イーガン祭」が、「SFマガジン」2022年6月号には「文藝」責任編集「出張版 韓国・SF・フェミニズム」が掲載され、両誌のコラボが実現した。溝口は過去のインタビューで「「SFマガジン」がジェンダー面でどう開かれていくかというとき、「文藝」の執筆陣や誌面構成は参考にしています」と述べていた。
「文藝」は2019年のリニューアル後、同年秋季号の「特集 韓国・フェミニズム・日本」のヒットで注目された。ジェンダーを問い直す姿勢を打ち出した同誌は、2023年春季号で従来は男性中心に展開してきた批評を問い直す「特集 批評」を展開した。その責任編集を担当した瀬戸夏子と水上文が、「SFマガジン」2024年2月号の「特集 BLとSF2」の監修も担当している。また、先述の「特集 SFをつくる新しい力」を監修した橋本輝幸も、以前からSFとジェンダーについて執筆してきた書評家である。
最近の「SFマガジン」においてジェンダーのテーマは、現在進行形のトレンド、未来への布石としてとりあげられているだけではない。溝口が担当した短編集『なめらかな世界と、その敵』の小説家・伴名練は、同誌2022年4月号より評論「戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡」を連載しており、これまであまり論じられてこなかった女性SF作家の系譜をたどり直している。ジャンルの伝統が、再検証されているのだ。
以上のことを踏まえると、これまでにもジェンダー意識の高い発言をしている宇多田ヒカルが同誌に登場するのも、一連の流れを受けた自然なキャスティングのように思えてくる――といったら深読みのしすぎだろうか。
いずれにせよ、伝統、現在、未来にバランスよく目配りしつつ、次になにが出てくるかわからないところがある「SFマガジン」には、今後も刺激的なメディアであり続けてもらいたい。