高瀬隼子の新刊『め生える』書評家・渡辺祐真イベントレポ 「はげてしまうこと」をテーマにした理由とは?
高瀬作品にトイレとお風呂が多く出てくる理由は?
渡辺:高瀬さんのデビュー作『犬のかたちをしているもの』では、主人公の女性が付き合っている彼氏と犬を対比させています。つまり、犬のふわふわしたようなかわいさと対比させるような形で、男性に対する忌避感や拒否感を描いている。かわいいものとかわいくないものとの対比というのは、デビュー作から通底しているテーマかもしれません。
高瀬:言われてみると、そうかもしれないです! 自分では気づきませんでしたが……。
渡辺:あとモチーフという話で言えば、僕は高瀬さんの作品ではトイレとお風呂場がすごく大事だと思っていて。今回の『め生える』では、場所がトイレ、お風呂、それ以外の3つに大別できると思っているんです。
高瀬:ちょっと待ってください。そうか、トイレが出てきて、お風呂はめっちゃ出てきて、それ以外と。本当ですね。
渡辺:あるいは、服装のはだけ具合で3段階に分けられる。服をちゃんと着ている「それ以外」、下半身だけ出している「トイレ」、全部脱いでいる「お風呂」です。
トイレは人が排泄をする個人的な空間である。そして、真智加はテラなど友達との会話で、自分がコンプレックスを持つ髪の毛の話題になりそうで居心地が悪くなった時、そこを避難所のようにして逃げ込んでいます。また、高校生の琢磨が少年時代にトイレで無防備な状態で髪を切られるという危険な目にあうシーンもありました。
お風呂だと、公衆浴場の銭湯がよく出てきます。普通、銭湯で裸でいる時は他の人の体つきや髪の毛などから年齢などを認識します。でも全員がはげている世界では、まっさらな体だけがある状態になる。
つまり、人間が纏っている社会的なものが剥がされたり、無防備にさらけだされたりするような、人の思いや弱点があらわになる場所となっていると思いました。デビュー作『犬のかたちをしているもの』もトイレのシーンから始まりますよね。
高瀬:そうですね。私はトイレを書きがちだという自覚はあります。大学時代に文芸サークルに入っていて、その頃の友達と今でも同人誌を作っているんですけど、そこでよく私の作品にはトイレが多いと指摘されていました。デビュー前に新人賞に投稿して落選した作品も読んでもらっていたんですけど、3連続くらいでトイレのシーンで終わっているとツッコミをもらって(笑)。でも言われるまで気がつかなかったんですね。それでトイレで終わる小説はやめたんですけど、トイレで始まるようにしてしまって。
渡辺:そういう意識はあったんですね。なぜ、トイレなんですか。
高瀬:私自身、緊張するとすぐトイレに行きたくなってしまうんですよね。家から出かける前にも何度も行ってしまったり。さっきおっしゃっていたように、私自身がトイレは気まずくなったような時の避難所として使っている。作者の意識が出たんじゃないかと思って、言い当てられて驚いています。
渡辺:他に『め生える』執筆時の苦労や思い出は何かありますか。
高瀬:U-NEXTの会員の方は追加料金なしで電子書籍で読めると聞きました。それならば、私のことを知らない人も今回をきっかけに読んでくれるかもしれないと思って。だから、導入を読みやすくしようと考えました。初めから最後まで読むと決めて開くわけではないかもしれないので、次のページにも進んで読んでほしいなと。そこで1行目にはげと書いたほうがわかりやすいかなと思って、「汗をかくと、はげが目立つ」の一文から始めました。今日は初校ゲラを持ってきたんですが、赤字で修正されていますね。当初は他の状況説明をした後にその一文につながっていたんですが、最初にしたほうが入りやすいかなと思って直しました。
渡辺:確かにゲラを見ると、グッと移動させていますね。こういう始まり方はU-NEXTだからこそだったんですね。わかりやすさを特に意識されていたと。
その後の冒頭は、増毛・育毛治療のカウンセリングをする様子から始まるんですが、突然その営業担当者の髪の毛が抜け落ちるシーンとなって、世界に奇病が流行り出す様が描かれる。そこから本当にギアがグングン入っていくような感じでした。4コマ漫画などにしてもすごく反響が大きいだろうと思えるほど、すごく面白い作品ですね。今日は貴重な創作秘話をお話しいただき、ありがとうございました。
(本記事はイベント模様を一部抜粋・編集して構成しています)
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