『エイリアン』の美学を支えた、ロン・コッブ ハイテクと臓物が交錯する驚異的なデザイン力
恐ろしいのは、そのような幅が広すぎるメカやガジェットが、全く三次元的に破綻しないまま絵になっていることである。単純な形状のものだけではなく、コッブがデザインしたものの中には非常にややこしいものがある。例えばジェームズ・キャメロンの『アビス』に登場する海底石油プラットフォーム「ディープ・コアⅡ」は、いくつもの構造物がパイプでつながり、その周囲をトラス状のフレームが取り囲んだムチャクチャめんどくさい形をしている。が、コッブはそれを正確な三面図に起こしており、どの方向から見ても破綻していない。驚異的な作画能力である。本書にはこの三面図も収録されており、どこからどう見ても綻びの見えないその絵は、まさにコッブの真骨頂といえる。
そんなコッブの仕事の中でも、やはり『エイリアン』での影響力は頭抜けている。ノストロモ号に関しては外観のネタ出しだけではなく司令ブリッジや通路、エアロックやピクトグラムに乗組員が服につけているパッチまでデザインしており、あの映画のリアリティを下支えしていたディテールの多くは、コッブのアイデアだったことがわかる。このあたりの仕事量の凄まじさは、是非とも本書を手にとってご確認いただきたい。
『エイリアン』におけるこのコッブの緻密なデザインワークがあるから、その上に血液や臓物がぶちまけられた時の絵がグッと引き立つ。その効果が『エイリアン』の非常に大事なポイントだったことを理解しているから、最新作である『ロムルス』でもクリーンな船内に血が飛び散っているのであろう。コッブのデザインの上に組み立てられた、ハイテクと臓物が交錯する『エイリアン』の絵面の美学は、現在に至るまでずっと有効であり続けている。
『The Art of Ron Cobb』には、そんなデザインのエッセンスがギチギチに詰まっている。メカデザイン、わけてもSFX全盛期の80〜90年代の洋画のデザインに興味がある人だけではなく、『ロムルス』の予習として読んでおくのもオススメだ。なにより、ロン・コッブという偉大なデザイナーがいかに凄まじい仕事を行なっていたのか、全人類に知ってほしい。そのためのとっかかりとして、これ以上ない一冊なのである。