お笑い芸人で絵本作家・たなかひかるの新作『そそそそ』に込められた思い「どういう部分を面白がるかの余白を作っておきたい」
発想を世に出す機材や道具が増えた
――たなかさんは、元々お笑い芸人兼ギャグ漫画家として活動されていて、2019年にさらに絵本作家としてのキャリアをスタートされました。絵本を作ろうと思ったきっかけは何だったんですか?
たなか:すべてお笑いをベースに発想しているので、根本は同じなんですよね。そもそも最初は漫才とコントだけで食べていくと思っていたんですけど、僕は人前が得意じゃないし、芸能人になりたいっていう気持ちもなかった。でもお笑いを続けていると、どうしてもテレビに出るための努力や番組オーディションに受かるためのネタ作りをしなきゃいけなくなって、やりたいこととのギャップが大きくなっていたんです。
それで苦しくなってきたときに、ギャグ漫画を描き始めてすごく救われたんですよ。コントを作るような感じで絵に落とし込めばいいので、「テレビに出ようとしなくていいんだ、すげえ楽!」って。それでずっと描いていたんですけど、ギャグ漫画の方でも、商業誌が求めているものが自分の描きたいこととズレてきたりして、やっぱり段々と窮屈に思うところが出てきたときにポプラ社の編集さんと出会って、「絵本描いてみます?」って言われたから「はい、描いてみます」って感じで始めました。
ギャグ漫画で表現しづらい部分を全部落とし込めるので、絵本は絵本ですごく救われましたね。こうやって経緯だけ話すと、なんか逃げ続けている感じもしますけど、どれも好きで全部真剣にやっているつもりですし、自分にとっては発想を世に出す機材や道具が増えたっていう感覚ですね。
――表現するための選択肢が増えたんですね。漫画や絵本は作品を通して伝えるものなので、目の前にお客さんがいるお笑いと比べて、どうしてもリアクションにラグが出ると思いますが、そういった部分で物足りなさを感じることはなかったのでしょうか。
たなか:自分の言葉でバーンって笑いが起こったときの高揚感ってすごいんですよ。あれはものすごく上位の快感だと思います。だから最初はなかなか離れられない気持ちもありました。でも漫画をSNSで出せば、いいねの数などで反応が見えやすいので、ちょっとタイムラグがあるとはいえ、そこまで寂しくはなかったです。漫画も絵本も、ちゃんと自分の名前で発表できていますしね。
――漫画と絵本はどんな風に違いを感じていますか?
たなか:読み手の姿勢というか、何を求めて本を開いているかが違うと思います。なので「こういう面白さはギャグ漫画の方がいいかな」「これは絵本で表現したいな」と使い分けている感じですね。絵本はわりとまだ芸術に近いものを見る姿勢だと思うんです。でもギャグ漫画では、そういうのはもう苦しいと思います。
本当はギャグ漫画の方でも抽象的なものや不条理なものを作っていきたいんですけど、商業誌ではそういうものの需要がなくなりました。イケメンを出してくれとか、描きたくもない要素を入れなければならなくなりました。不純物が増えていきました。
SNSに上げるにしても、どうしてもパーって流して見られちゃうので、一度深く考えたり頭の中で転がすような笑いは、意味がわかる前に飛ばされてしまうと思うんですよね。もちろん中にはじっくり読んでくれる人もいるんですけど、あまり望めない。だからもう、そういうものは絵本で出した方がいいかなと。
――SNSでギャグ漫画を発表する上では、キャッチーさやわかりやすさが求められるんですね。
たなか:SNSはもう10年くらいやっています。フォロワーが増えやすいSNSギャグの傾向っていうのは、何となく見えてきました。SNSはすごい速度で新しい情報が流れてくるものなので、たとえば、かなり薄いあるあるなんかがちょうどいいように思えます。
ただ鼻からそういうSNSでウケるものを作ろうとし出すと、作り手としては先が見えなくなると思うので、それは絶対しないようにしていますね。僕がやっているのは「SNSでウケるものを作る」ではなく「SNSでも伝わるようにする」です。発想までつまらなくするとたぶん終わります。
――そういう葛藤をしながらも、『サラリーマン山崎シゲル』の制作やSNSへの投稿を長年続けられているのはなぜですか?
たなか:『サラリーマン山崎シゲル』は、僕の中ではトレーニングみたいなもの。フォロワーの方からお題になる単語をいただいて作るので、そのお題をどう面白くするか。フォロワーを増やそうとかお金を儲けようとかは思っていなくて、筋トレみたいなイメージです。あとは表現をいろいろ試したりもしています。何か面白い表現が思いついたときに、『サラリーマン山崎シゲル』で一度出してみて、「あ、これめっちゃ引かれたな」とか「良い感じだな」とか反応を見て、絵本や違う漫画に落とし込んだりもできるので。
――創作のアイデアはどんな風に出していますか?
たなか:僕は意識的に考えて出していますね。たまに、歩いていたらおじいちゃんの変な動きを見てしまったとかで生まれることもありますけど、基本的にはノートを前にして「今から1時間考えよう」みたいな。いわゆる“降ってきた”みたいなものはあまりないです。でもそうやって考える時間が僕は好きなので苦しくないんですよ。考えるのは別に嫌じゃない。だから続けられているんだと思います。
――今後はどんな作品を作りたいと思っていますか?
たなか:一回、お笑いの型を外してみたらどうなるのかな、ということは考えますね。僕の絵本は、まだお笑いの作り方をしているんです。「こういう状況ってなんかおもろいよな」からスタートして、ページをめくったらバーン! みたいな。“いないいないばあ”のような感じですね。そういう風にお笑いの型を少し意識して入れているんですけど、それを一度なくしてみたいとは思っています。ただ、全くおもんないって言われる可能性もあるので、何かと同時発売で出したいですね(笑)。
――そうすると、シュールさを突き詰めたようなものになるんでしょうか。
たなか:そうですね、やっぱり恐怖とかを少し出していきたいです。子どものときって、訳もなく不安な気持ちや恐怖を感じることがあったじゃないですか。あの感じを何とか落とし込めないかと思っています。お笑いにはしつつも、あのときの感覚をちょっと出せたらいいなって。そもそも僕はハッピーエンドに向かうようなものがあまり得意じゃないので、不気味さとかは残したい。その方がたぶん、大人になってから思い出してもらえると思うんです。僕自身も良い話は全然覚えていなくて、怖い話や狂気を感じさせるような話が記憶に残っているので。
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