ニューアカブームから40年、浅田彰『構造と力』文庫化で再ヒット 紀伊國屋書店店長「千葉雅也さんの解説で理解が深まる」

40年越しの文庫化で大ヒット

 浅田彰の現代思想書『構造と力』が、昨年初めて中公文庫から文庫化され、売れに売れている。初版は1983年に勁草書房から出版されてベストセラーとなり、ニュー・アカデミズムと呼ばれるブームを牽引。構造主義やポスト構造主義などのフランス現代思想を解説した名著として知られていた。出版後、約1ヶ月で「紀伊國屋書店新宿本店」では約500〜600冊を売っているという。購買層は往年の読者だけでなく、20〜40代の読者が6〜7割を占めているそうだ。

 さて、紀伊國屋書店新宿本店では、レジ前の目立つ位置に『構造と力』が平積みされるなど、大々的に売り出されている状況だ。綾辻行人や東野圭吾といった人気小説家の文庫本とともに思想書が並ぶのは独特な光景だが、店長・星真一さんによると、1980年代当時は勁草書房版のハードカバーが「まるで小説のような勢いで売れていた」そうで、40年の時を経て再び同書に注目が集まっていることが窺える。

店長の星真一さんと平積みされた『構造と力』

「私は勁草書房版の発売から10年後くらいに入社し、大阪の紀伊國屋書店で仕事をしていました。現在の梅田本店とは別にファッションビルに支店を持っていた時期もあり、そこは若い人が集まる店なのに、凄い勢いで売れていたと聞いています。売り場の担当者からも『この本は人文書の定番だから』と教わった一冊で、ロングセラーとして哲学/思想の棚には必ず置かれていた本です」

 そんな本が満を持して文庫化されたのだから、読書家の関心が高まるのは当然といえよう。文庫化の背景には、近年の現代思想への関心の高まりも影響していそうだ。紀伊國屋書店では、その年を代表する人文書を投票で選出する「紀伊國屋じんぶん大賞」を主催しており、2024年は『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』が大賞となって注目されたことも記憶に新しい。人文書の読者は根強く存在し、昨今の盛り上がりも実感しているという。(参考:紀伊國屋じんぶん大賞2024 読者と選ぶ人文書ベスト30

千葉雅也のロング解説も読み応え十分

 今回の文庫版の読みどころとなっているのが、約8000字にも及ぶ哲学者/小説家の千葉雅也による解説だ。千葉が2022年に刊行した『現代思想入門』(講談社現代新書)は、現代思想を日々の生活にも応用できる身近なものとして解説する内容でベストセラーとなり、幅広い層が現代思想に触れるきっかけとなった。『構造と力』の解説でもわかりやすく明快な語り口が見事で、難解とも言われる本書の内容を読み解く手助けをしてくれると、星さんは語る。

「学生の時にカッコつけて勁草書房版を買ったのですが、用語や概念が難解ゆえに何度も途中で挫折してしまい、最後まできちんと読んだ実感は持てませんでした。しかし、今回の文庫を手にして、初めて理解が深まった印象です。千葉さんは解説で、『浅田が提示する図式は、概念の対応関係を押さえながら読めば、理解可能なものである』として、本書の内容を見通しよく整理してくれています。昔はあんなに読むのに苦労したのに、千葉さんの優れた解説のおかげで本書の価値がわかりました」

 星さんは、現代思想に慣れていない方が『構造と力』を読む際は、冒頭の「序にかえて」を読んで本書のスタンスと浅田の文体を把握し、その後、千葉の解説を読んで本書に登場する様々な概念を仕分けしてから本文を読むと、ぐっと理解しやすくなるとアドバイスする。また、文庫版の読みやすいレイアウトも本書を手に取りやすくしていると勧める。

「文庫版は文字の級数も大きくなり、ゆとりのある文字組みでレイアウトされているのも特徴です。人文書は文字だらけのイメージで抵抗がある人もいると思いますが、本書は小説の文庫本に近い感覚で読み進めることができると思います。思えば、浅田さんが執筆の上で参照にしたジョルジュ・バタイユの『呪われた部分』(ちくま学芸文庫)やドゥルーズ=ガダリの『千のプラトー』(河出文庫)などはほとんど文庫化されてきたのに、『構造の力』は文庫になっていなかった。カジュアルに手に取れるようになって、本当に良かったと思います」

 『構造の力』は約40年前に著された本だが、その問いは今なお有効だ。「読み終えて、得た知識をもとに身の回りを見渡すと、なるほど、こう言うものかと腑に落ちる」と、星さんは言う。

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