重版出来『鬱の本』はどうつくられた? 話題の出版社、点滅社・屋良朝哉「読まれなくても寄り添える本を」

本の装丁にも屋良さんのこだわりが

――タイトルはどのようにして決めたのですか。

屋良:平仮名の「うつ」は病気のイメージに縛られるけれど「鬱」という漢字なら「鬱屈」「鬱蒼」「憂鬱」など、いろんな感情を表現できると思いました。それに『冬の本』からインスパイアされたので、「冬」と「鬱」は母音が一緒なので合わせようと思いました。

――本の装丁や大きさにもこだわりを感じます。コンパクトなのは、持ち歩きやすくするための工夫とのことですが、敢えてカバーがない点もセンスがありますね。

屋良:デザイナーの平野拓也さんと何度も打ち合わせを行い、表紙のデザインも意味を込めています。遠くから見たときにあたたかく優しく感じる色合いで、近くから見ると目が空洞で憂鬱っぽく見えるなど、あたたかさと鬱のイメージを両立しようとしました。そして、クッキーみたいな“何か”が、いくつもありますよね。このクッキーみたいな“何か”は、84人の、様々なエッセイが収録されているという意味と、もっと言えば“鬱”に関係のあるの人全員を指していて、たくさんの人がここにいる感じを表現したものです。

――帯が透明なのも印象的です。

屋良:クッキーみたいな“何か”たちが隠れないようにと、帯は表紙が透けてみえる仕様にしました。タイトルの箔押しも平野さんに提案いただいて、コストがかかりましたが、妥協したくなかったので即決しました。レインボーの箔押しは角度によって黒になったり、派手になったりと、いろんな見方や捉え方ができる。鬱の混沌としている感じが表現できると考えたためです。

読者からの反響が何よりも励みになる

――編集中の思い出深いエピソードはありますか。

屋良:執筆者の方は全員優しかったです。特に、僕は島田潤一郎さんが立ち上げた小さな出版社「夏葉社」が憧れだったので、一緒に仕事ができたのは嬉しかった。以前トークイベントでお話させていただく機会がありましたが、島田さんは僕にとってロックスターのようなポジションの人だったので……本当に夢のようでした。

――SNSなど、ネットでも大きな反響を呼んでいますよね。

屋良:SNSを通じ、点滅社の存在を初めて知っていただいたケースも多かったですね。僕の存在、発信自体が支えになっている人もいると思いますと、執筆者の方から言っていただけたのも嬉しかった。僕が生き続け、活動し続けることで、“鬱”に苦しんでいる人々に寄り添えているとしたら嬉しいです。

――誤植を発見して手書きで直したとか、読者にも優しい方が多いですよね。優しさの輪の繋がりが見えたのも、良かったと思います。

屋良:誤植は申し訳ない気持ちで、報告を受けたときはあまりにショックで泣いてしまったほどなのですが、みなさんの優しさには感謝しきりです。誤植を直してくださり、結果的に「自分だけの本になった」と言ってくれた方もいらっしゃいましたが、とはいえ誤植はない方がいいに決まっているので。誤植は増刷分から修正しました。

想いが込もった本をこれからも作っていきたい

――『鬱の本』にインディーズのロックバンドのアーティストや、歌人が多いのも屋良さんの趣味でしょうか。

屋良:僕の趣味ですね。僕は趣味趣向がオタク的で、自分が凄くいいと感じたものを周りに紹介したい、という思いがあります。僕を助けてくれたものだから、周りに広めたいという思いがあったのです。巻末の著者紹介も、この人のこの本やアルバムをよかったら聞いてね、という思いでまとめました。中野ブロードウェイにある「タコシェ」の中山さんなど、書店関係者もお誘いしています。10代の頃、旅行で東京を訪れた際に通ったほど中野ブロードウェイは憧れで、ここに本を置いてもらいたいという夢がありました。実現した時は嬉しかったし、10代の頃の自分に自慢したいです。

――そんな思いが凝縮された本が多くの方に届き、2023年は屋良さんの仕事にも弾みがついた1年だったのではないでしょうか。

屋良:今年は『鬱の本』のために費やした1年でした。発送作業も手伝ってもらい、3人がかりでやりました。近くの郵便局では対応してもらえず、駅前の郵便局までレンタカーで何回も往復しました。増刷のタイミングがわからず、いろいろ遅れて1月となってしまい、申し訳なく思っています。

――わずか2人で出版社を経営されていますが、少人数でもこうした面白い本が編集できることに、出版の可能性を感じました。今後の意気込みを語っていただけますか。

屋良:点滅社の社風は『鬱の本』のイメージそのもので、しんどいと思っている人を照らせる本を作りたいという思いが一貫してあります。といいますか、そういう本しか作る気がありません。マーケティングを考え始めたら終わりだと思っていて、そういうことを僕が言い出したら、潔く会社を潰します。それでは最初の動機と違ってきますから。今後も基本的に文芸書を中心に出していきたいのですが、来年は歌集が多めになると思います。そして、今後も「点滅社じゃなければ出せない本」を出していきたいと思っています。

■書籍情報
『鬱の本』
定価:1800円+税
発売日:2023年11月21日
装丁・装画:平野拓也
編集協力:鷗来堂
印刷:中央精版印刷株式会社
判型:B6変形判 上製丸背 本文196頁
ISBN:978-4-9912719-3-9 C0095
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