書評ライター・立花もも「2023年小説BEST10」ユーモアと痛烈な風刺『うどん陣営の受難』の凄さ 

2023年も数多くの文芸作品が発表され、良質な作品が多く登場をし、本好きを喜ばせてくれた。その中で、リアルサウンドブックでもたくさんの著者へのインタビューや書評を行ってきたライターの立花ももに、2023年に発表された小説の中で特に印象に残った作品を聞いた。ヒットをした話題作から来年も話題となりそうな作品まで、ランキング形式で紹介。

立花ももが選んだ超私的な2023年小説BEST10

1位 津村記久子『うどん陣営の受難』
2位 多崎礼『レーエンデ国物語』
3位 宮木あや子『令和ブルガリアヨーグルト』
4位 中田栄一『彼女が生きてる世界線!』
5位 金原ひとみ『腹を空かせた勇者ども』
6位 三浦しをん『墨のゆらめき』
7位 川上未映子『黄色い家』
8位 柚木麻子『オール・ノット』
9位 長嶋有『トゥデイズ』
10位 津原泰水『夢分けの船』

 例年のことであるが、順位にあんまり意味はない。2023年、印象に残った小説のなかから、どうにか10冊に絞った私的セレクションと思っていただきたい。が、1位だけは最初に決まっていた。津村記久子といえば、今年は谷崎潤一郎賞の受賞が発表された『水車小屋のネネ』を推す人も多いだろうが(もちろんとても好きな作品なのだが)、『うどん陣営の受難』が好きすぎて、「最近のおすすめは?」と聞かれるたびに挙げていたのだ。

  会社の代表を決める四年に一度の選挙をめぐる社内政治コメディ。うどん陣営というのは、主人公が支持する候補者陣営がみんなうどん好きで、会合のたびに食べているからなのだが、その背景にもまた、吸収合併された二つの会社の文化の違いが関係していたりして、描写される細部にいろんなしがらみが見え隠れするのがおもしろい。

  だいたいにして、世の中の大事なことに大きな影響を与えるのは、ものすごくしょうもない人間の見栄とか欲とか、利害関係である。会社のために何がいちばんいいか、なんてことは誰も考えていない。考えている実直な人は、主人公が支持する候補者のように三番手となり、会社の命運を握ることなどできないのである。たかが社内政治、とあなどってはならない。社会の縮図のような人間模様は、私たちにあるべき姿を問いかけるものでもある。短くてあっというまに読んでしまうのに、ユーモアにあふれて笑っているうち鋭い刃で刺されてしまう、痛烈な社会風刺小説だった。

  多崎礼『レーエンデ国物語』は、日本発ファンタジーのなかでも珍しいタイプの小説である気がする。すでに3巻まで刊行されているが、毎巻、主人公が変わる。巻と巻のあいだで100年の時が流れ、主人公となる人たちの立場も肩書も変わる。だから読み手は「1巻のあの人が、100年後にはこんなことに……!」と驚くことになるのだが、それもまた、わりとさらりと書かれていて、何が起きたのかは想像するしかできない。なぜならば今作における本当の主人公は、古来、呪われた地と呼ばれてきたレーエンデという土地そのもの。虐げられてきた人たちが立ち上がり、叩きのめされ、それでも革命ののろしをあげて国を興していく大河ロマン。

  正直、1巻を読んだときはまさかこのように壮大な展開になると思わず、「好きなタイプのファンタジーだったな~」くらいの感想だった。が、過去の出来事が、人々の足跡が、こんなふうに今を、未来をつくっていくのかと、巻を追うごとに興奮しっぱなし。たとえ今報われなくても、命を懸けて尽くしたことが実を結ばなくても、何かを成したというその事実は必ず、未来につながるのだと、読んでいてじーんともする。来年刊行される4・5巻でどのような結末を見せるのか、今から楽しみ。

『彼女が生きてる世界線!』の著者・中田永一が、乙一の別名義であるのは今や周知のところ。青春小説を描くことが多かった中田が、初の児童書で「異世界転生モノ」に挑戦したのが本作である。既刊2巻で、3巻完結であることが公表されている。

  28歳のサラリーマン男性が事故に遭い、転生した先は何度も繰り返し観ていたアニメで、見た目も性格も悪魔そのものだとおそれられている少年・城ヶ崎アクト。ヒロインの少女がやがて難病で死んでしまうことを知っている主人公は、彼女と出会うことになっている4年前から、彼女を助けるための準備をし始める……という物語。さまざまなシチュエーションでサラリーマン的思考を働かせていく主人公を通じて、よく考えてみれば会社員って、毎日規則正しく会社に行って、プレゼン資料づくりやら、いやな上司の相手やら、いろんな能力が必要とされているよなあ、とそのポテンシャルが魅力的に光る描写がなされているのもいい。こちらも来年完結予定。

  『腹を空かせた勇者ども』も金原ひとみの新境地といった読後感で、とてもよかった。主人公は考えるより先に身体が動く体育会系少女で、これまで金原さんが主人公に据えがちだった、文学的で抽象的な議論を好む大人は、母親として登場する。食べても食べてもお腹がすく、膨大なエネルギーに満ちた少女が、理不尽だらけの現実でいかに他者とつながっていくかを、理屈ではなく本能で感じとって成長していく青春小説。ふだん小説をあまり読まないという人にも読んでもらいたい。

  三浦しをん『墨のゆらめき』はAmazon Audibleのために書き下ろされただけあって、声に出してもなめらかで心地のいい文章が続く。耳で聴いて楽しい文章を意識されたのだろう、お人好しホテルマンと、イベントの招待状などを代筆屋、二人の男の掛け合いはそれだけで、読んでも聞いても笑ってしまう。友達でも同僚でもない、ときおり互いの能力を必要として手を組むだけの間柄。その、ちょっと遠い気がする距離感の相手が存在することは、実はとても大事なんじゃないかと読んでいて思う。つながり、が重視されるこの世の中で、いつでも切れてしまう相手だからこそ、尊重して大事にしたい。そう思えることは、とても尊い。

  小説を読むというのは内面的な作業なので、どうしたって、現実に直面する社会や、自分が向き合わねばならない問題を照らし合わせて、勝手に励まされたり、はっとさせられたりしてしまう。それもまたいい小説の条件の一つではあると思うけれど、そんなものを吹き飛ばすくらい、物語のなかで生きる人たちの姿に感情を揺さぶられ、別世界を旅したような気分になれる作品は、時間がたってもずっと心の中に残り続ける(『うどん陣営の受難』だって、社会風刺とは表現したものの、シンプルにその会社で右往左往する人たちのおかしみに何より感じ入ったから、おすすめするのだ)。

  疲れていると、なかなかフィクションに没入しようという気力が得られなかったりするけれど、それでもぐいぐい引き込んでくれる小説に来年も出会えることを願う。

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