OKAMOTO’Sオカモトショウ連載『月刊オカモトショウ』
オカモトショウが語る、押井守×今敏による未完の名作『セラフィム』 「今の方がリアルな物語として読めると思う」
ロックバンドOKAMOTO’Sのボーカル、そして、ソロアーティストとしても活躍するオカモトショウが、名作マンガや注目作品をご紹介する「月刊オカモトショウ」。今回取り上げるのは、押井守の原作、今敏の作画による『セラフィム 2億6661万3336の翼』。90年代半ばに二人の天才が生み出した未完の名作の魅力について、大のSF好きでもあるオカモトショウが語ります!
『AKIRA』に匹敵する作品になる可能性もあった
——今回ピックアップしてもらったのは、『セラフィム 2億6661万3336の翼』。押井守さんが原作、今敏さんが作画した名作です。
お二人のアニメ作品は以前からもちろん好きで。押井さんの『機動警察パトレイバー』や『攻殻機動隊』、今敏さんの『パーフェクトブルー』『パプリカ』もすごい作品だと思っているんですけど、『セラフィム 2億6661万3336の翼』はずっと読んでなかったんです。(アニメ専門誌)「アニメージュ」で連載していたのは94年から95年で、単行本になったのは今敏さんが亡くなった2010年。そのタイミングでこのマンガのことを初めて知って、すぐ購入したんですけど、なぜかそのまま読まずにいて。しっかり読んだのはけっこう最近なんですけど、これはぜひ紹介したいなと。この連載では現在進行形のマンガを扱うことが多いんですけど、たまには過去の名作もいいですよね。
——しかも“セラフィム”は知る人ぞ知る名作ですからね。「アニメージュ」で連載が始まったのは、宮崎駿さんの『風の谷のナウシカ』が終わった直後でした。
「“押井さんのナウシカ”をお願いします」という感じの依頼だったみたいですね。押井さんとしても、「人生をかけてやる」くらい思い入れがあったらしくて、実際、「これはめちゃくちゃ時間をかけて準備したんだろうな」という印象を受けました。あらすじとしては、21世紀の初めに、天使病と呼ばれる病気が流行るという設定で。世界滅亡の危機になって、主人公の少女(セラ)、生物学者の老人(バルタザル)、難民高等弁務官(メルキオル)、賢者の犬(ガスパル)が天使病の謎を解き明かすための旅をするというストーリーです。この設定って、今のマンガにもめちゃくちゃ使われてるんですよ。
——近未来の世界でパンデミックが起こり、大きな混乱が訪れるという。
そうそう。しかも「セラフィム」はスケール感がハンパなく大きくて、細部まで緻密に設計されているんです。「パンデミックになったら、政府はこういう発表するはず」みたいなシミュレーションもしっかり熟考されているし、主人公たちの行動も世界情勢に影響されていて。少年マンガは逆で、主人公が思いのままに動くことで、世界が変わっていくという構造が多いんです。「緻密に構築された世界のなかで主人公たちが動く」というのは、完全にSFですよね。『攻殻機動隊』の原作マンガ(士郎正宗)と同じようにページの隅に注釈がビッシリ書いてあるし、情報量がとにかく膨大なんですよ。
——設定や世界観もそうだし、ディテールも凄くリアルですよね。
そうですね。コロナもそうだし、現在の世界情勢もそうなんですけど、たぶん今の方がリアルな物語として読めると思います。押井守さんの作品に共通するところかもしれないですね、それは。たとえば『パトレイバー2 the Movie』(1993年公開)も「とりあえず平和だよね」と多くの人が思っていた時期に、“国内で内戦が起きる”というストーリーの作品で。「セラフィム」でも武装難民だったり、中国と欧米との衝突が描かれていて。
——30年前に今の世界を予言したというか……。
そういう部分もあると思います。「天使病に罹って発病した人たちを一か所に閉じ込める」という設定があるんですけど、コロナが流行り始めたときも、似たようなことがあったじゃないですか。すごく緊張感があるし、今の世界と地続きという感じもありますね。個人的には、その後のマンガにも影響を与えてると思っていて。『虎鶫 とらづぐみ-TSUGUMI PROJECT-』(ippatu)や『グラ・ディミオス』(五褒美)なども、「セラフィム」に通じるものを感じてます。まあ、そういう世界観のマンガが好きってことなんですけど(笑)。
——今敏さんの作画についてはどうですか?
素晴らしいです。今敏さんが原作、総監督をつとめた(アニメ作品)『妄想代理人』が大好きなんですけど、あの作品の不気味さみたいなものもすごく出てるし、さらにシリアスな雰囲気もあって。細部までキッチリ描いているページもあるし、あえてディテールを省いているところもあって、読んでいて気持ちがいいんですよ。特に最初の数話のクオリティには圧倒されますね。これは個人的な感想というか、ちょっとマニアックな視点だと思いますけど、ジブリ作品は飛行機や車も柔らかい線で描かれているんですよ。
——『風の谷のナウシカ』はまさにそうですよね。
押井守さんが関わっている作品はそうじゃなくて、硬質なんです。機械はもちろん、人間のキャラクターの造形も硬く見えるしーー女の子のキャラは別ですけどーーそれが特徴になっている気がして。そういう部分も今敏さんが上手く表現していると思うんですよ、「セラフィム」は。『風の谷のナウシカ』もディストピアの要素があるけど、描き方は対照的というか、真逆のテクスチャーだなと。これも一読者の意見ですけど、「セラフィム」の世界観は海外ウケすると思うし、『AKIRA』に匹敵するような作品になる可能性もあったんじゃないかな。カルト的な支持もあるんだけど、そのままメインストリームに食い込んでいくというか。「惜しいな」と思っちゃいますね、やっぱり。