杉江松恋の新鋭作家ハンティング 思考実験と怪異を合体させた新感覚ミステリ『ミナヅキトウカの思考実験』

 怪異の仕業としか思えない事件が人の引き起こしたものであることが論理的な推理によって解決する物語は、探偵小説の古典的な類型である。科学に徹した解が呈示される作品には東野圭吾の『探偵ガリレオ』(文春文庫)があるし、この世の中には不思議なことなど何もないのだよ、と人間心理の迷いがすべての原因で示す作品としては『姑獲鳥の夏』(講談社文庫)に始まる京極夏彦の〈百鬼夜行〉シリーズがある。科学者や哲学者が行う思考実験と、オカルトの領域に入る怪異という正反対の要素を合体させた点に本作の新しさがある。それも羊頭狗肉の強引さではなく、水無月の冷静な語りで行われるため、うっかりすると説得されてしまいそうになるのである。助手役の神前は理系の学生であり、水無月が弄する詭弁に対して、怒りや呆れの感情を交えながら反論する。この対比が常識的な叙述からはみ出さないために必要な平衡感覚を与えてくれており、読んでいて首を傾げる箇所がない。変人探偵と常識人の助手という組み合わせがうまく機能しているのである。

 全五話で構成された作品で、第二話の題名は「シュレーディンガーの猫」である。もはや有名すぎてどういうものかを説明する必要もないだろうが、これが「棺の中から発見された遺体が、蓋を開けたときに殺されたのか、それ以前に死亡していたのかわからない」という問題に応用される。この事件で理知的な思考実験に対置されるのは野狐という妖怪である。次の「中国語の部屋」は人工知能を軸にして知性の本質とは何かという問答が交わされる話だが、これに預言する怪異であるくだんが組み合わされる。このように、意表をつく二つの概念が底辺となり、残るもう一つの何かで三角形が完成するという構造なのだ。そのもう一つに当たるものの種類が異なるので、各話が異なった色彩を帯びる。多様さがあるのもこの作品の美点だ。

 物語の中では、水無月透華がなぜ怪異に固執し、詭弁を弄してまでその実在を証明しようとするのか、という謎が次第に浮かび上がってくる。連作の肝はこの点にあるので、詳しくは書かない。着地も決まっているし、水準以上の作品と言うべきだろう。怪異と向き合うとき以外はいつも毛布にくるまって眠ってばかりいる、という水無月のキャラクターが後半ではあまり有効には使われておらず、真っすぐな性格の神前との対話に引きずられてしまっている印象はある。だが、連作として一冊で完結するためには必要な処理であっただろうし、疵というほどのことでもない。新人作家のデビュー作としては十分だ。理知的な思考実験とオカルト要素の取り合わせを思いついたところで満足せず、それを表現するために必要なのはどんなキャラクターかと考えて作者は水無月透華という探偵を生み出した。非常にセンスのいい書き手だと思う。広義でも狭義でもぜひミステリーを書き続けてもらいたい。なんなら西尾維新の椅子とか狙ってみてはどうか。

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