連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年7月のベスト国内ミステリ小説
若林踏の一冊:米澤穂信『可燃物』(文藝春秋)
群馬県警捜査第一課の葛警部が探偵役を務める連作短編集だ。いずれの作品でも手掛かりを基にした論理のアクロバットが展開し、その鮮やかさに感嘆する。報告書のような筆致で捜査を淡々と綴り、刑事たちの個性や私生活の描写を抑えている分、作中で披露される流麗なロジックが却って際立つものになっているのだ。収録作から一押しを選ぶとすれば「本物か」だろう。ファミレスで起きた立てこもり事件を描くスリリングな話だが、意外なものが手掛かりとなって真相へと到達する過程が実に見事。まさか、あんなものから推理が進んでいくとは。
杉江松恋の一冊:米澤穂信『可燃物』(文藝春秋)
警察小説と本格ミステリーが別物であるかのようなコピーがついているのだけど、イギリスの謎解き小説は基本的に警察官が主人公なのである。いいじゃん、警察官が名探偵でも。その基本に立ち返ったような連作集で、事件現場から消えた凶器、奇妙な形で符合する目撃証言、死体をバラバラにした犯人の動機といった謎が一つの物証からするすると解けていくところがおもしろい。おそらくロイ・ヴィカーズ『迷宮課事件簿』が着想の原点にあるのではないだろうか。米澤謎解き小説の中核だけを取り出したような内容で、ビシッと締まっていていい。
※橋本輝幸さんは今回お休みです。
ソリッドな短篇集に票が集まりました。それ以外にも短篇集の人気が高く、特徴のある月になりましたね。「このミス」年度の期日が近づいてくるので、これから人気作・話題作がどんどん出てきます。お財布に余裕を持って、次月に備えてください。