有馬かな、黒川あかね、MEMちょ……【推しの子】を彩るヒロインたち 過酷な業界で自立を目指す彼女たちの物語を読み解く

※本稿は『【推しの子】』のネタバレや考察を含みます。原作未読の方はご注意ください。

 『【推しの子】』はサスペンス要素の強い漫画/アニメである。そしてまた、本作は芸能界という過酷な業界で自立しようとする女性たちの物語でもあると私は考えている。

 物語の前提として存在するのは、20歳で殺されたアイドルの星野アイだ。彼女には双子の隠し子がいる。双子のアクア(本名はアクアマリン)とルビーだ。このふたりの前世はアイのファンで、前世の記憶もある。

 アイの死後、復讐を誓った兄のアクアは陰りのある少年になった。一方で妹のルビーは明るく無邪気で、アイのようなアイドルになることを目指している。そして本作は、アクアとルビーが高校に入学したタイミングで本格的に始まる。3人の女性キャラクター、有馬かな、黒川あかね、MEMちょが登場し、芸能界を舞台となって物語が繰り広げられる。

 この記事では、これら3人のヒロインを「自立した存在なのか」という観点から考察して、最後にメインヒロインのルビーの自立を阻むものが何なのか考えたい。

有馬かな(女優、アイドル)

 本作は過酷な芸能界をリアルに描写している。作者の取材力がなせるわざだろう。

 有馬かなは子役出身の女優で、かなによって私たちは芸能界に長くい続けることの苦しさを知る。子役は成長して小学校高学年になると、もらえる仕事が激減するという。有馬かなもそれを経験し、「子役ではない私に誰も興味がない」と思っている。高校生のかなは、プライドをかなぐり捨て、「使いやすい女優」と制作側に思ってもらうために意に沿わない演技をもするようになった。

 一方、女子高生らしい一面もある。子役時代に共演してからというもの、アクアが心から離れず、高校で再会してからはアクアへの想いが恋愛感情に変わっていくのだ。アクアに「可愛い」と言われてときめいてしまい、アイドルグループ「B小町」のメンバーになることを承諾するのだが、女優としての活路を見出せずにいたのも、アイドルになった理由のひとつだったのではないだろうか。

 とはいえ、かなには仕事に対する責任感の強さがある。歯を食いしばってでも芸能界で生き抜く覚悟が、かなにはある。一途にアクアを想い続けてきた彼女の想いが報われた場合、彼女は恋愛に夢中になるだろう。危ぶまれるのはそれによってかなの女優やアイドルとしての魅力が薄れることだが、たとえ芸能界から離れても、アクアさえいれば彼女はどんな仕事に就いても頑張りそうだ。

 しかし「自立」という観点で見ると、かなは恋愛モードになりすぎないパートナーのほうが合っているようにも思える。まだ17歳なので、5年ほど経てば恋愛と仕事を切り離して考えることができるようになるとは思うが、女優やアイドルを続けたいと思っているうちは、アクアは彼女とつきあわないほうが良いのかもしれない。

黒川あかね(女優)

 有馬かなと対照的なのが黒川あかねだ。ただ真面目な性格で努力を怠らない女優という点ではこのふたりは共通している。

 あかねはプロファイリングの本を読み、自分に与えられた役のみならずほかの役も徹底的に分析して演技をする天才女優だ。子役時代は何度も有馬かなに演じたい役を奪われながらも、今はかなが嫉妬するほどの高い評価を受けている。

 あかねがアクアと出会ったのは、アクアが諸事情で出演をした恋愛リアリティショーだった。彼女はそこでアクアの好みの女性(アイ)を演じ切る。

 驚きつつもアクアは、黒川あかねの才能は自分の復讐のために使えると判断して、いわゆるビジネスカップルになる。ところがあかねはどんどんとアクアに惹かれていき、女優業だけではなく恋愛でも有馬かなのライバルとなる。

 あかねの真面目さはアクアのためならなんでもする危うさにつながっている。恋愛で身を持ち崩す可能性は否定できないが、恋愛と仕事を分けて考えてもいる。ある意味、二面性のあるキャラクターだ。

 子役時代、かなに憧れながらも役者として勝てなかったあかねは、当時の挫折を忘れていない。かなよりも早く挫折した分、女優であることに自分の価値を見出しているのだ。

 恋愛でも仕事でも、変わらず真っすぐな黒川あかねは、パートナーとは一定の距離感を保ったほうが自立できるのかもしれない。有馬かなと同じくまだ17歳の黒川あかねは、プライベートで何があっても女優業には支障をきたさない。しかしそれは精神面の話であり、好きな人に危険が迫っていると知れば仕事のことも忘れ命がけで行動しようとする。

 原作漫画であかねが「自立」という言葉を口にする場面がある。その「自立」は未熟で成長過程にあるものだ。恋愛と仕事を完全に切り離せるようになった時、あかねは恐らく真の自立を手にする。その後、アクアとあかねが結ばれた場合、彼女の自立心はふたりの絆を深めることになるだろう。

MEMちょ(ユーチューバー、アイドル)

 家族のためにアイドルになる夢を諦めてユーチューバーになり、25歳で「B小町」加入に至ったMEMちょは、ヒロインたちのなかでもっとも年上である。無邪気な性格はルビーと似ているが、頭脳派のあかねの次に洞察力がある。

 例を挙げたい。彼女がアクアの好みのタイプを聞いて、だいぶ前に死んだアイドルのアイを思い出すシーンがある。見逃されがちだが、MEMちょのこの発見がなければアクアは黒川あかねの能力に気づかず、恋愛リアリティショーが終わればあかねと接点を持たなかったはずだ。

 ずば抜けて明るく愛らしいMEMちょは、何も考えていないかのようにふるまっているが、ユーチューバーとして戦略を練っていて実際に成功している。

 またMEMちょにB小町加入を勧めたのはアクアだが、年齢を気にしつつもメンバーになることを決意し、以後真摯にアイドル活動をがんばっているのは、他ならないMEMちょ本人だ。

 家族のためにアイドルのオーディションを辞退した時も25歳でアイドルになった時も、MEMちょは自分で自分の人生を決めている。10歳近く年下のかなやあかねよりもMEMちょは精神的に成熟していて、同時に自立した存在でもあるのだ。

 なお、本作でMEMちょはアクアの恋愛対象として描かれていないため、恋愛面でのMEMちょについてはわかりづらい部分がある。恋愛が絡むと、自立心が揺らぐこともあるかもしれない。

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