東京創元社 編集者が明かす、傑作海外ミステリーの見つけ方 「言語化できる強い魅力がある作品を選ぶ」

編集者自身が「これはおもしろい」と思わないと刊行できない

——これは日本作家を相手にする編集者も同じだと思うんですが、「おもしろいものを出す」という基準は単純に見えて難しいと思うんです。もちろんそれぞれの編集者が努力することも大事ですが、基準を客観化、あるいは共有するような仕組みはあるんでしょうか。

小林:社内での企画会議はあります。最初に原書を通読するのは翻訳者さんなんですよね。翻訳者さんが作成してくださったレジュメを、もう少し客観的な目で個々の編集者が読む。その編集者がまとめたものを、さらに客観的な目で編集部全体で見る。それを本当にシビアな目で営業が見る、といったような段階を踏んでいますので、ある程度の客観性は確保できていると思います。

佐々木:翻訳者さんの視点と編集者のそれはやはり違います。「新しい要素が入っている」「今の流れに合っている」「ミステリーや文学の賞を獲っていて客観的に評価を得ている」というような複数の観点を編集者は持つようにしています。でも最終的には「これ、すごくいいな」という感覚に近い部分で決めますね。私は「主人公がおもしろい」「この設定はめずらしい」というように、言語化できる強い魅力がある作品をなるべく選ぶようにしています。現在の流行ももちろん大事ですが、それだけを参考に企画を立てているわけではないですね。

小林:やっぱり編集者自身が「これはおもしろい」と思わないと刊行できないです。

佐々木:そうなんですよ。自分でおもしろさがわかっていないと、本の帯のキャッチコピーにすごく悩んでしまうとか、いざ編集作業をする段階で、うまくいかなくなります。

小林:編集者は複数いて、それぞれ好みが違うので、そこで複線化できますね。

佐々木:翻訳者さんの中にはこの作品を翻訳したいと持ち込みするときに、編集者ごとの好みを把握している方もいらっしゃって、「この人にはこの作品を」と薦めてくださるんです。そういうコミュニケーションをしっかり取って、作品のどこがおもしろいのかということも話し合えているとうまく進むように思います。もちろん売上を立てなければいけないので客観的に判断する必要はありますが、「おもしろい」は大事にしたいと思っています。

——翻訳の過程について伺います。翻訳者に依頼をした後は、編集者はどのように伴走していかれるのか。作家と編集者の間と同じなのか違う部分があるのかも教えてください。

佐々木:作家さんだと、プロットを考えるなど構成の段階から編集者が関与することもあると思いますが、翻訳小説は原書があるので、基本的には原書をお渡しして、翻訳原稿が出来上がるのをお待ちする感じです。もちろん、翻訳中に相談を受けることもあります。

小林:例えば「このキャラクターの人称どうしようか」とか。日本語の一人称は私・俺・僕といろいろありますけど、どれが合うだろうと。あと、「内容について著者に質問をしたい」ということもあります。たとえば、シスター・ブラザーと標記された間柄でどっちが年上なんだろうとか、英語ではブラザー、シスターとしか表記がなく兄なのか弟なのか、姉なのか妹なのかわからないことが多いので。著者によっては決めてない人もいます。シリーズものの場合は、前の作品にさかのぼって、固有名詞などにブレがないかどうかは編集者もチェックします。あとは、原文と引き合わせて抜けがないかとか、誤訳がないか見たりとか。

——最近は英語圏以外の作家も増えているので、固有名詞の音の表記は結構悩みどころじゃないかという気がします。

小林:基本的に、スウェーデンならスウェーデン語の読み方に揃えていただくのですが、日本ではもう通ってしまっている読みがあるような場合、たとえばブランド名などは「正確ではないが、そちらに揃えましょう」というように翻訳者さんと話し合って決めます。

佐々木:読み方は大使館に聞くこともありますね。

小林:そうですね。たとえばアイスランド語の作品をスウェーデン語の翻訳に基づいて訳していただいているんですが、固有名詞はアイスランド大使館に確認をとっているんです。でも、あまりに日本語として聞こえが悪いというような場合は、申し訳ないと思いつつちょっとだけ直させてもらっています。一番困るのは、アメリカに移民した人たちの名前です。それは英語読みなのか、母国語読みなのかは人それぞれだったりするので。そういうときはオーディオブックを参考にしたりもします。

——最近は北欧圏の翻訳が増えていますが、非英語圏の翻訳者確保は出版社にとって大変な課題なのではないでしょうか。

小林:北欧圏は一応各国それぞれ対応はできているんですが、今大変なのはアジア圏ですね。

——1990年代から2000年代にかけて北欧圏のミステリーが英語圏で爆発的に広まるという時期がありました。現在はそういう潮流のようなものはありますか。

佐々木:特定の国や地域のミステリーが流行っているということは、今はないと思います。内容面では、イギリスはアガサ・クリスティに回帰して、クローズドサークルものが異様に流行った時期がありました。

小林:「クリスティのような」を謳い文句にした本がすごく増えましたね。

佐々木:あとはポーラ・ホーキンズの『ガール・オン・ザ・トレイン』(2015年。講談社文庫)のようなスリラーが大流行したときは、もう「ガール」がタイトルにつく本が山のように増えて。

——他社ですけど、早川書房がインド出身の英国作家を多く出してますよね。あれがちょっと目立つ現象だと思っていたんですが。

小林:インドだけでなく、マイノリティ系の作家さんが注目されるという流れがあります。アカデミー賞などでも今まで排除されていたマイノリティ系の人にスポットライトを当てよう、という動きが起きることがありますが、それと似ています。ただ内容よりも、どこそこの国の人が書いた、ということで売り込まれる場合もあって、慎重に見極めないといけないと思っています。ただマイノリティの人が書いたものだからといって、おもしろくなければダメなので、そこは内容本位です。

佐々木:欧米は出版業界も白人がすごく多かったので反省すべき点があるんだと思います。そういう意味ではいままで冷遇されてきた移民作家が注目されるのはすごくいい流れではないでしょうか。

小林:そういえば女性の殺人犯が登場する作品も増えてますね。

佐々木:そうですね。女性を主人公にするだけではなくて、シリアルキラーとして描くものもすごく増えました。

小林:犯人設定においても男女差別はなくなっているんです(笑)。

——2017年に翻訳されたフランシス・ハーディング『嘘の木』は、二つの重要な特徴があった作品でした。一つはヤングアダルト系の作家の作品であったこと、もう一つは女性の成長をメインプロットに使った作品ということです。この二つは現在顕著になっている流れだと思うんですが、特に東京創元社ではヤングアダルト出身作家を多く翻訳していますね。これは会社としての選択なのか、英語圏における今の流れを反映しているのか、どちらなんでしょうか。

小林:まず本国の流れありきで、海外で女性主人公の作品がどんどん書かれるようになった、というのが最初だと思います。ヤングアダルト向けの作品に関してはおもしろいものが結構あることに気づいて弊社が意図的に出し始めたということもあります。

——ヤングアダルトに注目したきっかけはどのへんですか。

佐々木:バリー・ライガ『さよなら、シリアルキラー』(2015年)ですね。

小林:シリアルキラーの描写はヤングアダルト向けのものとは思えない凄絶さなんですが、ジャンルとしてはそうなんです。設定はヤングアダルトのもので、ミステリーとしてもおもしろい。あれが刊行できたことでヤングアダルトは文庫でも大丈夫、と思えた面があります。

佐々木:私が担当した作品だとエリザベス・ウェイン『コードネーム・ヴェリティ』(2017年)が印象に残っています。重厚な歴史小説でもあり、スパイものでもある作品で文章もしっかりしていて、海外のヤングアダルトのクォリティはとても高いと気づかされました。もちろん作品によってばらつきもあるんですけど。

小林:2001年にリチャード・ペックの『シカゴよりこわい町』という作品を出した際、おばあちゃんが銃をぶっぱなすという場面があって、そのために日本の児童書版では刊行できなかったんです。だからあのときはヤングアダルトという概念が希薄で、児童書か大人の本かという区分けでした。あのあたりから、じゃあ東京創元社でもヤングアダルト向け作品を出そうか、という意識が芽生えてきたんだと思います。

——『嘘の木』についてもう一つ。この作品が翻訳された2017年はTwitterで初めて#Me tooタグが使われ、人権運動の中で女性問題が柱であることが認識されるようになりました。それは世界的な潮流ですが、エンターテインメントはそれを後追いしたわけではなく、運動が起こるよりも前からエッセンスをすくい上げていたように思います。

小林:そうですね。『嘘の木』の原書刊行は#Me tooよりも早いわけですから。そういう外的要因とは無関係に女の子の成長物語として素晴らしいということで手がけたので、「そうか。#MeTooかって言われるとそうだな」って後から思った感じですね。

——さっき話題になった「ガール」がタイトルにつく作品が増えた流れもたぶん同じものですね。

佐々木:そうですね、ギリアン・フリン『ゴーン・ガール』(2012年。小学館文庫)などの流れです。あの作品は「ゴーン・ガール」というジャンルを作り出したと言ってもいいくらいでした。

小林:女性が中心のドメスティック・スリラーという潮流はもしかするとその前からあったのかもしれないですけど、表に出てきたのは『ゴーン・ガール』以降かもしれません。

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