立花もも 今月のおすすめ新刊小説 家庭問題やいじめなど社会問題をテーマにした作品4選

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。愛情がゆえの過当な中学受験に関する物語やいじめなど、社会問題をテーマにした今読むべき注目作品を集めました。(編集部)

『すべてあなたのためだから』 武内昌美 小学館文庫

 タイトルからして、いやな予感がしてならない。さらに帯には「あんな子に負けるなんて、バカじゃないの?」と煽りのセリフ。人によってはトラウマが刺激されるかもしれない、中学受験の物語である。

 語り手の良子は、ひとりの母親だ。学生時代地味で存在感のない人間だと侮られていたが、今や世田谷に住む、人から羨まれる満ち足りた結婚生活を送っている。ひとり娘の菜摘が生まれたときは幸せの絶頂で、この子のためならなんでもしてあげたい、何があっても味方でいようと決めていた。ごくごく普通の母親だ。「かわいいからこそ、幸せになってほしいからこそ、期待してしまう」。それも、普通の感情。だからこそ、誰もが彼女になりうる可能性があるのだと思う。

 憧れのママ友のすすめで始めた中学受験用の塾で、菜摘は思わぬ才能を開花していく。その期待が、幸せになってほしいという願いを少しずつ歪めていく。そもそも最初から、自分の人生にコンプレックスを抱いていた良子は、満ち足りた家庭を運営することで、過去に復讐しているきらいがあった。菜摘の人生と自分をあまりに重ねすぎた良子は、しだいに娘を使って、過去を、ママ友たちを見返そうと、躍起になっていく。

 よくある話、といってしまえばそれまでだけど、良子の暴走は誰にとっても他人事ではない。「あなたのため」を免罪符に、大事な人の心と人生を壊してしまう可能性は、誰にでもあるのだ。

『だれもみえない教室で』 工藤純子 講談社

 こちらも小学生の物語。仲違いをしてしまったクラスメートへの〝いたずら〟が加速し、ついに親が介入する事態に発展してしまった、小学6年生の教室が舞台である。その風景が、被害者、加害者、傍観者の生徒それぞれの視点で語られていくのだが、もっとも興味深かったのが、担任の教師である原島の視点だった。

 いじめが起きていることをうすうす察していながら、うわっつらの解決を重ねることで面倒から逃げていた原島には、かつて仲良かった友人へのいじめに加担した経験があった。しかたなかったのだと自己弁護しながらいまだに消えない友人への罪悪感が、原島の心を屈折させる原因のひとつだ。原島の弱さとずるさが丁寧に描かれているからこそ「卒業すれば不都合なことはリセットされると思っていたけど、そうはならなかった。自分のしたことは一生ついてまわる。自分だけはずっと覚えているから」という彼女の言葉は、強く響く。

 仮に仲直りできたとしても、いじめをした事実は消えない。起きてしまったことに〝解決〟なんてものはないのだと思う。だから、許さなくてもいいのだと、はっきり描いてくれる本作はとても好きだと思った。許さない、というのは、怒り続けることとは違う。諍いのあった相手とも、再び親しくすることはできる。だが、尊厳を傷つけられたことを決して許さないでおくことは、いずれ、同じ痛みを抱える誰かを救う気がするのだ。かつての友人に今なお許されていない原島が、それゆえに子どもたちに真摯に向き合えたように。

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