立花もも 今月のおすすめ新刊小説 中田永一による初の児童向けラブコメ、同人誌から宝塚で上演された話題作も
発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。男性の育児をテーマにした作品や木地雅映子の10年ぶりの新作長編、クリスマスプレゼントにも最適なものなど、今月読むべき注目作品を集めました。(編集部)
中田永一『彼女が生きてる世界線!① 僕が悪役に転生!?』(ポプラ社キミノベル)
交通事故で死んだ28歳のサラリーマンが、目を覚ますと生前好きだったアニメの悪役キャラになっていた……という、いわゆる「悪役転生モノ」。著者の中田永一は、作家の乙一がおもに恋愛小説を執筆するときに使う名義で、今作は初の児童向けラブコメとなる。といっても、1巻時点で、主人公はヒロインと一瞬の邂逅は果たすものの、ほとんど出会っていない。では、何をしているのか? 最終的に白血病で死んでしまう予定のヒロインを救うべく、生前の知識と現在の財力と駆使して、根回しに奔走するのだ。
転生先である城ケ崎アクトは、凶悪な見た目そのままに、大富豪の御曹司という立場を利用して、金と暴力で周囲を支配する、極悪非道の12歳。前世の記憶をとりもどし、ヒロインを救うという目的ができてからは、悪事の一切をやめて誠実にふるまいはじめるけれど、何も知らない周囲がすぐにそれを受け入れられるはずもなく、右往左往する周囲とのコミュニケーションがまず読んでいておもしろい。心からの謝罪をしたところで悪事はなかったことにならず、生涯、背負い続けねばならないのだと突きつけてくる描写も、リアルだ。現実というのは行動することによってのみ変わるのだと――信頼と言うのはその積み重ねによってしか得られないのだというところも。アクトのふるまいには、実直なサラリーマンだった前世のマインドが多分に影響しており、よく考えてみれば、社会で働くというのはそれだけで多種多様なスキルを要求されるということなのだなあ、と大人が読んでも実感させられる。サラリーマンって、めちゃくちゃカッコいいじゃん。そんな賛美が見え隠れするのも、読みどころの一つである。
並木陽『斜陽の国のルスダン』(星海社Fiction)
こちらもザッツ・エンターテインメントな1冊。13世紀のジョージアを舞台に描かれる、女王ルスダンと王配(夫)であるディミトリをめぐる歴史ロマンス小説で、もとは同人誌として制作されたものだが、これを原作として宝塚歌劇団星組が『ディミトリ 曙光に散る、紫の花』と題して上演されることになったのを機に、商業書籍として改めて刊行されるに至った。
一般流通していない同人誌がなぜ宝塚の舞台に? という疑問はあとがきに書いてあるので、読んでいただくとして。
帝王学のかけらも学ばず育った王女ルスダンは、王である兄が若くして急逝したため、思いがけず王位に就くこととなる。おかげで、国のために決められた相手ではなく、幼いころから想いを寄せていたディミトリと夫婦になれたのはよかったけれど、ジョージアがキリスト教国であるのに対し、ディミトリは元イスラーム教国の王子。今はキリスト教に改宗しているものの、ジョージアで育ったのは人質として預けられていたため。現在進行形でイスラーム教国からの侵攻に悩まされるジョージアで、二人の結婚は手放しで祝福されるものではなかった。互いに、たった一人の味方であるはずなのに、周囲の策略によってどんどんすれ違っていく二人。その結末は、史実だからしかたなしとわかっていても、かなり切ない。同時に、激動の時代で国を守り、愛を貫くためには、そんなふうに生き抜くしかなかった二人の生きざまに打たれる。
本当のところはどうだったのだろう、と考えることは、何においても大事なことなのだと著者のあとがきを読んでいて思う。本編のおもしろさはもちろんなのだが、巻末に収録されている、ティムラズ・レジャバ駐日大使らとの鼎談もかなり読み応えがあるので、ジョージアの歴史や西洋の宗教史は全然わからない、という人にこそぜひ読んでほしい。