【漫画】吹奏楽の甲子園「普門館」への夢はやぶれて……上京物語『道半ばの東京。』が心に沁みる
ーー形が消えていく普門館とバウムクーヘンから主人公の変化や決意を感じた作品でした。本作を創作したきっかけを教えてください。
山本誠志(以下、山本):本作は2年ほど前に描いた作品です。毎年なにか1つは作品を発表していたのですが、その年は作品を発表できずにいました。漫画がうまくいかず落ち込む自分を見かねた友人が一緒に個展を開かないかと誘ってくれて。個展で展示するため自分の体験を元にした本作を描くこととなりました。エッセイのような作品を描いたのははじめてでしたね。
ーー自分の体験を元にした作品を描き上げた感想を教えてください。
山本:個展を開催したのは12月だったのですが、その年は“人に作品を読んでもらう”という感覚がありませんでした。自分の漫画を読む人に会ったのもはじめてで、生身の人間が自分の漫画を読んでいるということにすごく勇気づけられましたね。
過去に吹奏楽をやっていたこともあり人と何かを創り上げることも好きで、友人と個展のことを考えたり準備をしたりするなか、ひとりで漫画を描いているのではないのだと実感しました。
ーー印象に残っているシーンは?
山本:バウムクーヘンをうまく描けなかったことが後悔として印象につよく残っています。吹奏楽に関するものを多く描いてきましたが食べ物を描くことは少なかったため、もっといろんなものを描かないとなぁと反省しましたね。
ーーバウムクーヘンを食べながら「甘っ…」と思うシーンが印象的でした。
山本:このシーンはネーム(コマ割りなどを記したラフ画)の段階ではなかったものです。“結果は出ていないけれど進んでいこう”というストーリーを原稿に描きながら、客観的に見るなかで「こいつ甘いな」っていう気持ちがありました。「甘っ…」という台詞はその気持ちに対する皮肉めいたものであり、甘くても進んでいけたらいいなという思いも込めて書きました。
自分はずっと机に向かって漫画を描くタイプではなく、ときにゲームをしたり友人と遊んだりしています。ただ漫画を描くこと以外の体験も漫画づくりに生きていて、人生をかみ砕いて漫画にするという感覚を表すために普門館に似たバウムクーヘンを咀嚼する様子を描きました。
ーー普門館の解体について今の心境を教えてください。
山本:普門館が解体される直前に、記念として館内に入れるイベントがありました。そこでは楽器を演奏することもできたのですが、各々が演奏していたのに気が付くと知らない人たちで同じ曲を演奏しているという現象も起きていましたね。多くの人が普門館で演奏することに価値を感じているのだと思って感動し、そのときに解体されて悲しいという気持ちは消化されたのだと思います。
また、その日は解体される普門館の壁に好きなことを書くことができたため、「漫画家になって普門館を描く」という思いでした。その夢が叶ったこともあり、今は悲しいという気持ちはほとんどないです。
ーー山本さんは吹奏楽を題材とした漫画『宇宙の音楽』を連載中です。吹奏楽を漫画で表現しようと思ったきっかけを教えてください。
山本:吹奏楽に熱を注いでいた頃に『SLAM DUNK』や『アイシールド21』などを読んでいました。ただ『SLAM DUNK』によってバスケットボールをはじめる人が多くいるなかで、吹奏楽部に所属する男子生徒は少なく、自分がマイノリティであることを感じていました。
吹奏楽をやりたいという思いが湧いてくるような、火付け役として漫画を描けたらいいなと思い、吹奏楽を題材とした漫画を描きはじめました。
ーー漫画で音楽を表現するなかで意識していることは?
山本:音楽を題材とした漫画の帯などで“音が聞こえる”といった言葉を目にすることがありますが、自分は漫画から音が聞こえるということを半分あきらめています。漫画は映画などとは異なり、物語の展開を進めることはページをめくる読者に委ねられています。そのため“音が聞こえるようにしよう”とは意識しておらず、音楽の魅力を想像させることができるか、そして何よりも人の感情が動くかということを大切にしていますね。
ーー今後の活動について教えてください。
山本:いろんなことを咀嚼しつづけ、連載が決まるまでは自分のなかでは長かった4年間でした。今はやっと見つけた「息を合わせる」というテーマと『宇宙の音楽』を長く描き続けたいです。
■『月刊少年マガジン』(講談社)で連載中の作品『宇宙の音楽』はこちら!
https://pocket.shonenmagazine.com/episode/316112896902493519