アニメ映画『神々の山嶺』公開を機に考える、世界的漫画家・谷口ジローの魅力

 本日7月8日から公開される映画『神々の山嶺』。『孤独のグルメ』で知られる谷口ジローが夢枕獏の小説を原作にした漫画を基に、フランス人監督であるパトリック・インバートが長編アニメーション化したものだ。これは、谷口ジローがフランスで高く評価されている表れで、2011年には芸術文化勲章シュヴァリエも授与されている。フランスをはじめヨーロッパからの評価も高い、世界的漫画家・谷口ジローの魅力を探る。

 今から6年程前、2016年7月21日の六本木ヒルズ。翌日から開幕する展覧会『ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~』のPRイベントに谷口ジローが登壇した。エンキ・ビラルらBD(バンドデシネ、フランス語圏で読まれる漫画のこと)の作家や、荒木飛呂彦、ヤマザキマリら日本の漫画家たちと並んで谷口ジローの作品が出展されたからで、「古くからBDの魅力に取り憑かれ、影響もかなり受けてきました。たくさんのBDの作家たちと展示されることを嬉しく思います」と招待されたことを喜んだ。

 7か月後の2017年2月11日に谷口ジローは死去。フランス紙のル・モンドが「絵を描きながら夢を見た男」という見出しで大きな記事を載せ、「その特異性はスタイルにある。熟考的で文学的、内省的で親密さがあって、普通のマンガが持つステレオタイプからはほど遠いものだ」と評価した。「フランスでは自国の日本よりもはるかに愛されていた」とも。漫画大国だけあって多彩な漫画が溢れている日本と違い、ピックアップされて紹介されたことも、谷口ジローがフランスで人気となった背景があるだろう。

 『神々の山嶺』も谷口ジローの漫画があったからこそ、フランスでアニメーション映画化されたとも言える。イギリスの登山家、ジョージ・マロリーが世界最高峰のエベレスト初登頂に挑みながら消息を絶ち、果たして彼は登頂に成功したのかといった謎が残された。それを解く鍵となりそうなマロリーのものらしいカメラを、山岳カメラマンの深町誠が手に入れる。カメラはすぐに奪われてしまうが、行方を探そうとした深町の前に伝説の日本人クライマー、羽生丈二が姿を現したことで、深町はカメラと羽生の両方を追い始める。

 山に挑むクライマーたちが抱くさまざまな思いを、夢枕獏ならではの心情をつかんで引きずり出すような筆致で書かれた原作小説も読み応えたっぷりだが、谷口ジローが描いた漫画は、日本の山々から遠くヒマラヤの険しい山までを緻密に描いて見せてくれた。その上で、若い羽生の自信と功名心にあふれた表情や、年を重ねて今は山を征服したいだけというストイックな思いを秘めた表情を見事に描き分ける。山を通して人間が成長していく様子をしっかりと感じさせてくれた。

 絶壁を見上げたり、見下ろしたりする構図で描かれるクライマーの描写は、登山の現場を間近から見ているようなリアルさ。足を踏み外せば滑り落ちる怖さも感じられ、クライマーが登り切った姿を見ると、一緒になってホッとしてしまうほど。共に登山するような錯覚に陥るといっても過言ではない。

 映画では、氷壁にハーケンを打ち込み、ボルトハンガーをねじこみ、ザイルを通して結ぶといった所作がよりくっきりと描かれていて、登山の過酷さがより分かる。岩肌まで細かく描き混まれていた背景は、やや抽象化されているが、人物に動きや表情がつき、羽生は大塚明夫、深町は堀内賢雄というベテラン声優の声や息づかいもあり、リアリティがより強まる。

 『神々の山嶺』は後半、冬季のエベレスト南西壁無酸素単独登頂に挑むことになった羽生に深町がカメラマンとして同行し、羽生が登っていく姿を深町が見守る展開へと向かう。アニメーション映画はそんな2人の対比を描き出すことがメインとなっているが、原作と谷口ジローの漫画は、深町までもがエベレストの頂上を目指す展開へと向かい、そしてマロリーの謎についてもひとつの結論を描き出す。羽生と深町、そしてマロリーという山を愛した男たちの物語に決着を見たいなら、映画だけに終わらず漫画を、そして原作を読むことをお薦めしたい。

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