Official髭男dismの曲をうまく歌うコツとは? ボイストレーナー・いくみが語る、楽しい歌の練習法
昨今、歌や楽器を習得するためにまずやることは、教室を探すよりもインターネットで情報を集めることだろう。特にYouTubeでは、ありとあらゆるジャンルのミュージシャンが自分の知識やノウハウを惜しげもなく公開している。日本でも2020年5月の緊急事態宣言発令時に多くのミュージシャンが自身のチャンネルを開設し、たくさんの音楽的な情報やコメントが世に放たれた。
なかでも歌唱法について発信するYouTuberの草分け的存在が「いくちゃんねる」である。なんとスタートしたのは2016年。高い声の出し方などの情報しかなかった当時にして「ブレス表」という独自の記譜法により、視聴者に分かりやすく歌い方を解説してきた。このチャンネルを運営しているのが、ボイストレーナー・いくみ。現在ではテレビにも出演し、多くのタレントにレッスンするなど人気を集めている。
その彼女が初となる著書『歌うま本 上手くなるのは意外と簡単だ』を出版した。YouTubeで発信してきた内容を踏襲しつつ、自身の進化によってアップデートされたその内容は多くの人にとって上達の助けとなることは間違いない。いくみはこの本をどの様に生みだし、何を伝えようとしているのだろうか。Official髭男dismの曲を歌うコツや最近の流行歌の傾向から、謎に包まれたチャンネル誕生、それまでの歩みも含めて、いくみに話を聞いた。(小池直也)
歌の上達はスポーツと同じ
――『歌うま本 上手くなるのは意外と簡単だ』の出版おめでとうございます。オファーを受けた時はいかがでしたか。
いくみ:最初は無理だと思ったんです。でも私が出演した番組「有頂天マイク」を編集さんが観てくださっていて「楽しそうだった」と言ってくれて、だんだんと彼女の熱意に「それなら、やってみようかな……」と。その後は実際の体験レッスンで汗だくになってもらいました(笑)。普段は何となく歌っていたのだと思いますが、体の使い方や視線などのポイントを意識してもらうだけで上手く聴こえるようになりましたね。
――すでにYouTubeで取り上げている曲もあるとはいえ、フルコーラスで解説を作っていく作業は大変だったのではないかと思います。
いくみ:普段の動画では1コーラスだけですが、カラオケに行ったらフルで歌うので1番だけというのは親切ではないと思ったんです。しかもフルで上げるなら、以前の動画より自分も進化しているので、新たに歌も映像も撮り直しています。それから原曲キーにこだわったので、サザンオールスターズさんの曲などは女性にとっては低くて大変でした。結局、少しだけキーを上げたぐらいです。
――実際に出来上がった本を手に取った感想はいかがでしたか。
いくみ:頑張ってきたものが形になったので、読みながら泣きました。動画って形ではないじゃないですか。私がYouTubeを始めた2016年ってボイトレ系の動画ってほとんどなくて。あったとしても「高い声の出し方」みたいなものがほとんど。私は当時少なかった「歌い方」の動画を発信してきましたが、今回の出版はある意味で認めてもらえた感じがします。もちろん、今はそういう動画はたくさんありますけどね。
――この本は最初からでも、自分の好きな曲のページからでも読むことができると思いますが、いくみさん的に推したい部分などあれば教えてください。
いくみ:キーの高い曲/低い曲などでカテゴリを分けているので、自分が苦手なところを練習するというのも全然いいと思います。定番の20曲が収録されているので、やりたいページからやっても大丈夫ですよ。ただ全曲に共通して大事なのは「繋げて歌う」こと。「かえるの歌」でも<か・え・る・の・う・た・が>よりも<かーえーるーのーうーたーが>と歌う方が上手に聴こえるので、そこは意識してやってほしいですね。
――では具体的な例として、Official髭男dismの曲を歌う時のワンポイントアドバイスがあれば簡潔に教えてほしいです。
いくみ:単純に音程を取るのが大変ですね。あとは息の量。サビで張り上げるイメージがありますが、意外とAメロは息混じりの声なんです。それでいてピッチはしっかりはめているので、息ばかりに集中していると音程が流れてしまう。なので息を吐きながら音程を当てていく歌い方を意識してほしいですね。全然簡単じゃないですが(笑)。
――(笑)。いくみさんは難しい言葉ではなく、分かりやすくシンプルに教えるのがモットーですね。
いくみ:はい。とにかく楽しんで練習してもらいたいと思っているんです。難しいことを言われると、やる気がなくなるじゃないですか。難しいことも取り入れてはいるのですが、それを難しいと感じずにやれるようになったらベストだなと。ただ最近YouTubeを観ていると難しいことを教えるボイストレーナーの人が増えたなと思いますね。
――確かにチェストボイス、ヘッドボイス、ミックスボイスなどのテクニカルタームをよく見かけるようになりました。
いくみ:そう言うとカッコいいですが、チェストボイスってシンプルにいえば地声のことですよね。最近は声帯の動きなどを説明する動画が多いですね。それが流行っているということは、知りたい人が多いということでしょうね。そういうものも取り組んでみると面白いので勉強になりますが、理想は分かりやすくシンプル、それでいて上手くなること。
人によって教え方が違うので「何がいいのかわからない」という声もあります。私は「鼻呼吸がいい」と言いますが「口呼吸がいい」という先生もいるので、観ている人は混乱するかもしれません。私は自分でやってみて合う方でいいと思うので「合わなかったら辞めても大丈夫」と伝えていますよ(笑)。
――今の音楽シーンを観ていて歌唱法のトレンドを感じますか。
いくみ:Kポップが人気なのでNiziUをはじめ、ジャニーズなどもそっち寄りの歌が多いかなと思います。Jポップでは昔から高音が人気で、Official髭男dismさんとかMrs. GREEN APPLEさんもキーが高いので男子は大変。
あと昔と大きく違うのはビブラートがないことですね。浜崎あゆみさんや華原朋美さんは「ビブラートがかかっていて上手い」と言われていましたが、YOASOBIさんや、あいみょんさん、Adoさんは、ほとんどかけないので。生徒さんからも「ビブラートがかかってしまうので、かからないようにしたい」と言われるくらいです。
ボーカロイドが流行ったので、人が歌う曲も細かく音程が動くものが多くなりました。最近の曲は難しいです(笑)。自分も「こんなの歌えないよ」と思いながら、上げてますね。最近はひとりでカラオケに行く人もいるし、ネットの「歌ってみた」で難しい曲を歌いこなすと注目されますから「難しい曲にチャレンジしたい」という人が多い気がします。
――スキルを身につけて誰かと競う、ほかの楽器も含めて「音楽のスポーツ化」を感じます。
いくみ:そうですね。私も歌について、スポーツと同じだと思います。野球をやる時は、腕だけの力でバットを振るよりもお腹の支えや全身を使うのが大事ですから、バッティングだけではなく体幹を鍛えたりもする。それと同じように歌も喉の力だけではいい声は出ませんから、体を上手く使わないといけないんです。
妊婦時代にAdo「うっせぇわ」を歌ったのですが、息が吸いづらかったり大変かと思いきや、妊娠中は人生で一番声が出しやすかったです。というのも、お腹に重りがあるので重心の意識をしやすかったんですよね。今観ると「こんなにお腹出ていたんだ」とびっくりしますが(笑)。