鈴木涼美が語る、本と思春期とオンナノコ 「混沌とした社会の中で逞しく生き抜いていけるように」
作家・鈴木涼美の新刊『娼婦の本棚』(中公新書ラクレ)は、渋谷のギャルとして思春期を過ごし、大学時代にAVデビューするなどの人生経験を積んできた著者が、若い女の子に向けて著した読書エッセイだ。奔放な生活を送りながらも運よく39歳まで生き延びられたのは、ときどきは本を読み、そこに刻まれた一文を胸に抱いてきたからではないかーーそう振り返る本書では、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』、サガン『悲しみよ こんにちは』、岡崎京子『pink』、ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』など、著者を形作った古今の名著20冊を自身の経験とともに紹介している。セックス、お金、男性の性欲といったトピックスを扱いながらも、若者への温かな眼差しに満ちた本書について、鈴木涼美に語ってもらった。(編集部)
本以外の遊びに夢中な女の子にこそ読んでほしい
――『娼婦の本棚』は「死ぬことも狂うこともなく、少なくともオトナと呼べる年齢まで生き延びた」鈴木さんが、ご自身の人生を「世界に繋ぎ止めた」本とそこに刻まれた言葉について、さまざまな経験とともに綴ったエッセイです。「アドレッセンスというものの中を突き進んでいく若いオンナノコたちに向けて」書かれた本ですが、痛みを伴う経験にも光を当てるような筆致は、かつて思春期を過ごした多くの大人の心にも響くものだと感じました。
鈴木:ありがとうございます。私が青春時代を過ごした90年代は、ダークな作風の小説や漫画が多かったし、不良っぽい方が魅力的だと感じる方も多かったと思います。そういうマインドは昨今、反省的に語られることも少なくありませんが、あの頃に青春時代を過ごした方にとってはその魅力が感覚的に伝わりやすいのかなと思います。実際、この本を手に取ってくださる方には同世代もたくさんいらっしゃって、「ブックファースト渋谷文化村通り店には僕も行ってました」といった感想もいただきました。
ギャルブーム真っ只中だった90年代の渋谷で、109のすぐ近くに旗艦店の大きな本屋があったのは私にとってはもちろん、文化的にも重要なことだったと思います。トイレが綺麗だったから、私は学校帰りに私服に着替えるために行くようになったのですが、1階の雑誌コーナーの充実度がすごくてバックナンバーもたくさんあったので、「egg」を読むついでに「クイック・ジャパン」や「スタジオ・ボイス」にも目を通すようになって、サブカルやアートに興味を持つきっかけになりました。そうやって普段買わないタイプの本と出会えるのも本屋さんの魅力だし、いろんなカルチャーの人のメルティング・ポット(るつぼ)にもなっていたと思います。
――鈴木さんがどんなふうにその本と出会ったのか、その偶然の過程が描かれているのも良かったです。取り上げられている本も、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』、サガンの『悲しみよ こんにちは』、岡崎京子の『pink』、ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』など、女性の生き方やセックスをテーマとしながらも時代を越えて読み継がれているものが多く、本書自体がこの先長きに渡って、思春期の女の子に寄り添うものになっていくように感じました。
鈴木:私が10代の終わりから20歳くらいにかけて読んで刺激を受けた本が多いから、新しい本を紹介するブックガイドではないけれど、だからこそこの先もあまり古びずに読んでもらえるかもしれないと思っています。私が読んだ時点ですでに刊行から何十年も経っていて、評価が固まっている名著も多いです。もともと本が好きな文学少女であれば、すでに読んでいる作品も多いかもしれないけれど、この本はどちらかというと本以外の刺激的な遊びに夢中な女の子にこそ読んでほしいんです。いろんな遊びをしながらで良いから、ちょっとずつでも本を読んでいると将来豊かな世界が広がるかもしれないよ、と語りかけるようなイメージでした。
――すごく共感したのが、39歳まで生き延びられたのは単純に運がよかったからだけれど、もう一つなにかがあったとしたら、本を読んでいたことだったと書かれていたところです。良い本は、読んだからといってすぐに賢くなるものでもないし、パッとなにかの役に立つわけでもないけれど、長い目で振り返ったときに人生を良い方に導いてくれていたなと感じることがあります。
鈴木:そうですね、読書の経験はあとから効いてくるものだと思います。出版業界にいるとものすごい量の本を読む方がザラにいるので、私なんて全然読んでいない方だと感じるのですが、ときどき大学に呼ばれて講演などをすると年に一冊も読まないという生徒の方もいて、それはとても勿体ない気がするんです。本を読まない方には経済的な問題とか時間的な問題とかいろいろあるとは思うんですけれど、多くの場合はすぐに気持ちよくなれるコンテンツがあまりにたくさんあるからなのかなと。携帯ゲームみたいな経験的な積み重ねがなくても楽しめるものは、それはそれで息抜きとしては良いと思うけれど、やっぱり本は読んだほうが人生が豊かになるんじゃないかな。20歳の頃の私くらいの読書量だったら、普通に生きている女の子にだって簡単に真似できると思うし、家に20数冊置いてあってもそんなに邪魔にはならない(笑)。小説とか文学ってなんの役に立つの? と思っている女の子にこそ、共感してもらえるようにと意識して書いたところはあります。
混沌とした社会で逞しく生き抜いていけるように
――書評ではなくエッセイの形式にしたのはなぜでしょうか。
鈴木:本を紹介する方法はいろいろとありますけれど、「我が人生の100冊」みたいなブックガイドではなく、どんな風にその本と出会ったのかとか、どんな経験をしたときに本の一節が思い浮かんだのかとか、なるべく関係ない話をたくさん盛り込みたかったのが理由のひとつです。AV女優だったときのマネージャーがあるとき、突然オーストラリアに行ってしまった話とか、ブックファーストのトイレで着替えてパラパラのイベントに行った話とかを盛り込むことで、私のようにぜんぜん知的な生活を送ってこなかった人間がどんな風に本に出会い、救われたのかを書きたかった。
もうひとつは、若い女の子に語りかけるのならなるべく丁寧な感じにしたかったので、ですます調の文体を選んだから。おじさんに対して生意気な女子として語りかけるときは乱暴な文体の方がしっくりくるんですけれど(笑)、今回は思春期の女の子向けなので、女教師コスプレ文体みたいなのを意識しました。こういう文体だと、自然とエッセイ的になっていきますよね。私、普段は偉そうなんですけれど、若い女の子には優しいんです。
――扱っているトピックスはセックスだったり、男の性欲についてだったり、お金のことだったりと生々しいものも多いですが、傷つけられる可能性があるものだからこそ、これだけは覚えておいた方が良いということを丁寧に伝えていて、鈴木さんの優しさを感じました。親でも教えてくれないような、でも大切なことが書かれています。
鈴木:39歳になって思ったのは、私の好きだったAV女優やセックスアイコンみたいな人には亡くなってしまった人も少なくなくて、激しく生きる女は消耗していってしまうんだなぁということなんです。友達にも亡くなった人がいるし、連絡が取れなくなってしまったり、あまり幸福そうではなかったりする人もいます。私が青春時代を過ごしたときと変わらず、若い女の子にとって世の中はけっこう危ないもので、街を歩けば悪いおじさんやいい加減なスカウトマンが声をかけてきたりします。だからこの本には、女の子たちが良い人も悪い人もいる混沌とした社会の中で、時に傷ついても逞しく生き抜いていけるようにという想いを込めました。昔はそんなこと思わなかったんだけれど、友達の子どもが思春期に差し掛かったりするのを見て、この子たちに私からちょっとした助け舟を出すことはできないかなって。なるべく安全に生き延びてほしいですからね。
――もしも自分に思春期の娘がいたら、さりげなく置いておきたい本だと思いました。思春期の娘とのコミュニケーションに困っている親御さんにもおすすめしたいです。
鈴木:ぜひ親御さんにも手に取ってほしいですね。建前を言いそうな文体だけど本音の話を書いているので、年頃の娘さんにとっても興味深いと思います。