武器とフィクション 第5回
弐瓶勉『BLAME!』重力子放射線射出装置に詰め込まれた、行き当たりばったりさと過剰なハッタリ
模型や武器が大好きなライターのしげるが、“フィクションにおける武器”あるいは“フィクションとしての武器”について綴る連載「武器とフィクション」。第5回は弐瓶勉の『BLAME!』より「重力子放射線射出装置」について取り上げる。(編集部)
第1回:『チェンソーマン』のチェンソーはいかにして“最恐の武器”となったか?
第2回:『ザ・ファブル』が示す、最強の武器とは? ファブルという名に込められた意味
第3回:『進撃の巨人』は立体機動装置こそが最重要の仕掛けだった
第4回:『ベルセルク』漫画史に残る唯一無二の武器! フィクションと現実との境界線に突き立つ「ドラゴンころし」
行き当たりばったりさと過剰なハッタリ
弐瓶勉の『BLAME!』は緻密な設定を持つ作品だが、一方で行き当たりばったりさと過剰なハッタリによって組み立てられた作品という一面を持っている。SF的なハッタリと作中の要素の過剰さは弐瓶の持ち味だが、初の長編連載である本作では、それが遺憾無く発揮されている。木星軌道までも続くという超巨大構造体。その中には複雑で無秩序で閉塞的な都市空間が広がり、黄昏の時代を迎えた人類がところどころに住んでいる。そんな空間を主人公である霧亥がネット端末遺伝子を求めて探索し、そして強靭な敵である珪素生物や、ネット端末遺伝子を持たない人類を攻撃するセーフガードと激しい戦いを繰り広げる。どこまでも続く巨大な階層都市空間と、超人的な戦闘能力を持つ登場人物たち。そんな作品世界の中で最強の武器として存在していたのが、霧亥の持つ「重力子放射線射出装置」だ。
実際のところ『BLAME!』は、最初から最後まで計画的にデザインされた作品ではないように見える。霧亥の性格も連載開始当初と中盤以降では大きく異なり、最初は敵を前にして焦った表情も見せていたし口数も多い。また、霧亥が食物を口にする描写があるのも序盤のみだ。序盤に登場した犬を連れたサイボーグの女性や、塊都のような都市の存在など、その後作品内で特にフォローされなかった要素もある。またそもそも、主人公である霧亥の見た目が序盤と、中盤でサナカンにナノマシンを打ち込まれて以降、さらに終盤とで相当に異なる。『BLAME!』はライブ感の強い作品であり、長期間の連載の中で作者が描きたいものや思いついたアイデアが順番に詰め込まれている作品だ。弐瓶勉作品の中でも『BLAME!』の行き当たりばったりな雰囲気や作中の設定開示の少なさは随一のものだが、その行き当たりばったりさに独特のハッタリが連結され、勢いが生まれている点がこの作品の魅力でもある。
ハッタリについていえば、例えば「統治局」といった名称から感じられる、巨大な世界を支えるシステムや機関があったという痕跡。建造物の壁を何枚もぶち抜き、巨大な爆発で都市構造自体を破壊しながら繰り広げられる戦闘。メンサーブの転送によって発生した10年という時間のずれや、ドモチェフスキーがスチフと戦ってから霧亥らが到着するまでに経過した「2244096時間」などの唐突かつ膨大な時間経過や数字の羅列。こういったハッタリの効いた描写には、読者の想像が挟まる余地が多分にある。それらのハッタリや行き当たりばったりな雰囲気は、霧亥の持つ重力子放射線射出装置にも詰め込まれている。
重力子放射線射出装置は、それなりに行き当たりばったりな描写が為された武器である。貫通力が強いことは序盤から描写されていたが、当初は着弾時に大きな爆発が発生し、それによって敵を攻撃するような描き方であった。しかし生電社での戦闘を経て、徐々に「超構造体であろうと直線的に貫徹することができる武器」という側面が強くなっていく。また、超高温に晒された霧亥が復活する9巻冒頭では、重力子放射線射出装置自体が展開・変形し、強力な攻撃を放つことができるという描写がある。しかし、この変形機構も、この場面で登場したきりでその後フォローされることはない。
また、重力子放射線射出装置にはかなりのハッタリも詰め込まれている。まず、「何であろうと貫徹する超強力な攻撃」が、作中で最も小型の武器から発射されるという点から、読者の意表を突こうという意識が感じられる。またそもそも、「重力子放射線射出装置」という名称のハッタリ感も強い。ただの「拳銃」などではなく、10文字の漢字が積み重なることで字面の強さによって発される「これはすごい武器なのでは」というムード。そして最小の武器が最強であるという倒錯と、アイコニックなデザイン。これは尋常な武器ではないと読者に感じさせるための仕掛けが、重力子放射線射出装置には詰め込まれている。
そもそも、本作において真の主人公と言えるのはどこまでも続く超巨大構造物であり、キャラクターは無限の広さを持つ構造物の中でチョロチョロとうごめくだけの存在でしかない。激しい戦いによって何枚壁が破られ、いくつの建造物が破壊されようと、広大無辺の『BLAME!』作中世界では取るに足らない出来事に過ぎず、また弐瓶は執拗な建造物やそれと対比される人物の小ささなどの描写によって「この世界は超巨大かつ超広大であり、これくらいの戦いはそれほど珍しいものでもないのだろう」と読者に感じさせることに成功している。この超巨大構造物から成る『BLAME!』の作中世界自体が、弐瓶のかましたハッタリの中でも最大のものである。