水銀鉱山を舞台に描かれる、歴史×ファンタジー×ミステリー×人間ドラマ 岩井圭也『竜血の山』の圧倒的おもしろさ
さらに、ファンタジーやミステリーの要素も見逃せない。なぜか水銀中毒にならないアシヤたちだが、それにより差別され疎外される。アシヤたちの存在はファンタジーだが、それを取り巻く現実は苦いのである。また、物語の開始時点で行方不明になっているアシヤの母親や、昭和二十六年にアシヤの前に現れた風間薫という見知らぬ少女など、本書の随所に謎が挟み込まれている。怒涛といっていい後半の展開の中でも、殺人事件の意外な真相が明らかになり感心した。作者は、『文身』『この夜が明ければ』などのミステリーも上梓している。そのミステリー作家としての手腕が、遺憾なく発揮されているのだ。これだけのジャンルをミックスさせながら、ひとつの大きな物語へと昇華したことを、大いに称揚したい。本書は、岩井圭也がジャンプアップした作品として、今後、記憶されるべきである。
さて、ここから余談。勝手な妄想になるが、本書はエドカー·アラン·ポーの有名な短篇「アッシャー家の崩壊」を意識しているのではなかろうか。最初は、アシヤという名前からアッシャーを連想しただけだが、読み進めるうちに当たっているような気がした。というのも、どちらも一家が崩壊する物語であるからだ(もちろん、アシヤ家の崩壊は〈水飲み〉一族の崩壊を象徴している)。繰り返しになるが、勝手な妄想である。しかし、このような妄想を弄ぶことも、物語の楽しみ方なのだ。