東野圭吾も夢中なスノーボードや“氷上のチェス”カーリングも 冬季スポーツの魅力を伝える小説たち
フィギュアスケートやスピードスケート、スキージャンプといった競技以外にも、冬季五輪では雪や氷を使ったさまざまな競技が繰り広げられる。スキーに負けない人気のスノーボード、カーリングにクロスカントリースキー。そうした競技により強い関心を抱かせてくれる小説がある。
南船橋の今はイケアが建っている場所に2002年まで、長さ500メートルものゲレンデを持った屋内スキー場があった。そこで、『容疑者Xの献身』や『マスカレード・ホテル』で知られる作家の東野圭吾がスノーボードで滑っていた時期があったらしい。エッセイ集『ちゃれんじ?』(実業之日本社/角川文庫)によれば、週に1回のペースでザウスに通い、始めたばかりのスノーボードの練習に明け暮れていたとか。
ザウスが閉まった後は雪山に行き、インストラクターについてみっちり指導を受け、滑り降りるだけでなくジャンプしたり、回転したりといった技も見せられるようになった。こうして得た経験や知識を元に、「いつかスノーボード小説だって書くかもしれない」とエッセイに書いていた東野圭吾。後に元スノーボードクロス選手の根津昇平や、女子スノーボーダーの瀬利千晶が登場する『白銀ジャック』『疾風ロンド』『雪煙チェイス』(いずれも実業之日本社文庫)といった、スキー場を舞台に起こる事件を描いたシリーズを発表。作家としての引き出しを増やした。
『白銀ジャック』では、ゲレンデ爆破の脅迫を受け、用意した金を奪ってスノーボードで逃げた犯人が、30メートルものギャップを飛びこえたと知って、今はパトロール隊員をしている根津が、元選手としての血をたぎらせる。負けたくないというスノーボーダーとしての“本能”が感じられる描写だ。根津が事件の解決に向けて動き出す中で見せる、急斜面を降りたりコブを飛び越えたりといったテクニックも、スノーボードへの関心を誘う。
『疾風ロンド』では、研究所から盗まれ雪山に埋められた強力な生物兵器を奪って、スキーで逃げる男を千晶がスノーボードで追い詰める。スキーと互角の勝負をさせるところはスノーボード好きな作者ならではの描写と言えそう。礼賛ばかりではなく、滑走禁止区域に入って遭難したり、身勝手な滑り方で他人を巻き込んだりする行為には、根津らの口を借りて批判する。スノーボードの知識やマナーを学べる上に、東野圭吾ならではのサスペンスにあふれた物語も楽しめる小説だ。
『ちゃれんじ?』には、「氷上のチェス」と呼ばれるカーリングに挑むというエピソードも収録されている。もっとも、ストーンの投げ方を覚え、次はブラシで氷面をこする練習の途中で転倒し、頭を打って病院に運ばれそれっきりになってしまって、カーリング自体の面白みは紹介できなかった。そこをしっかり埋めてくれる小説が、森沢明夫『青森ドロップキッカーズ』(小学館文庫)だ。
青森県でベテランの2人とカーリングのチームを組んでいた沢井柚香と陽香の姉妹に、県のカーリング協会と地元の信用金庫が作ろうとしているチームから、引き抜きの誘いが来た。長野県からトップレベルの2人を招いて組ませようというもの。今まで組んでいた2人がシーズンを棒に振る可能性があっても、全国優勝を狙えるチームに移籍するかどうかで悩む2人の描写に、カーリングに限らずチームスポーツで起こる、仲間と向上心との板挟みに迷うアスリートの心情を感じ取れる。
移籍したらしたで、実力でははるかに上を行く長野県からの移籍組に萎縮して、失敗ばかりしている柚香と陽香。そこからどうやって長野県組と青森県組がわかり合い、チームになっていくかも読みどころだが、『青森ドロップキッカーズ』の本番はこの後に来る。もうひとり、中学校でいじめを受けていた苗場宏美という少年がいて、自分を変えようと飛び込んだカーリング教室で競技に魅せられ、勇気を得ていじめをはねのける。
そして、疎遠になっていた友人と仲直りをして2人でカーリングをするようになり、試合に出たいと考え柚香と陽香に声をかける。いやいや、2人は青森のトップチームのメンバーだろうというのは過去の話。スポンサーの意向という、これもスポーツにありがちな事情が降りかかっていたもので、競技の場を求めていた2人は宏美の誘いに乗って、男女混合のチーム「青森ドロップキッカーズ」を結成する。
事情を抱えた者たちが競技を通して自分を変え、周りを変えていくストーリーの真ん中にあるのがカーリングという競技。競技のルールだけでなく、投げられたストーンがゆっくりと回転しながら進んでいく理由や、競技中にかけられる氷上をブラシで掃いてと指示する「イエス」や、掃くのを止めてと頼む「ウォー」といったかけ声の意味を知ることができる。そうした指示を信じる気持ちや、ルール違反をしたら自ら申告する勇気が求められる競技であることも。北京オリンピックの中継からも、技術と心が伴ったプレイの素晴らしさを感じ取りたい。