連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年1月のベスト国内ミステリ小説

若林踏の一冊:有栖川有栖『捜査線上の夕映え』(文藝春秋)

 三十年続く〈臨床犯罪学者・火村英生〉シリーズも、ついにコロナ禍を描くようになった。本作ではコロナによって生活様式が変化する中で、マンションの一室でスーツケース詰めの死体が発見された事件の謎解きに火村英生は挑むことになる。論理を突き詰めたと思ったら壁にぶち当たり、再び別の角度から推理を行う、といった繰り返しが実に楽しい。作品の持つ雰囲気をがらりと変える転調が後半部に待ち受けている点も、本作の大きな特徴だ。切れ味鋭いロジックはもちろん、読者を物語に没入させる技巧においても素晴らしいものがある。

酒井貞道の一冊:明神しじま『あれは子どものための歌』(東京創元社)

 世の理に背く力に人々が翻弄されるドラマが、丁寧に紡がれる。いずことも知れぬ国々での、いつとも知れぬ時代設定による物語は、全篇に強い寓話性を与える。一方で、人間模様はあくまでも切実、しかも物語の規模はときに国家級に拡大する。連作という形式を活用して、作品世界が多視点から多層的に描出されており、物語の奥行きが半端ではない。そして、全五篇いずれも、紛れもなく論理的な推理小説でありながら、一体何が謎なかすらなかなか判明しない。美しく幻想的で予想が通用しない物語が、読者をたっぷりと惑乱させてくれる。必読。

杉江松恋の一冊:有栖川有栖『捜査線上の夕映え』(文藝春秋)

 年間ベスト級の出来ゆえ、これはもう選ばざるをえない。待望の火村英生シリーズの最新長篇である。本シリーズの眼目は、火村がいかに犯人を追い詰めるかという点にある。犯人指摘のロジックというものは実は限られているのだが、有栖川は新たなバリエーションを付け加えようと挑戦を続けている。本作のそれは外に飛ばしたボットと本体とで敵を挟み撃ちにするような戦法で、まだこんな手があるのか、と驚いた。挟み撃ちといえば、冒頭で示された夕焼けの場面が物語終盤で大きな意味を持つ。その不意打ちのようなやり方にも感嘆させられた。

 新年早々良作が揃いました。幸先がいいですね。新人とベテランが肩を並べているところもいい。この分では2022年も良作がたくさん読めそうです。次月もお楽しみに。

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