劉慈欣『三体』の原点がここにーー短編集『円』が湛える、SFの根源的な輝き
しかし作者は、現代の作家だ。当然、作品はアップデートされている。醜悪にカリカチュアされたオリンピック。露わになる大国の驕り。現実を踏まえて創り上げられたフィクションは、強いメッセージを放っているのだ。そこも劉作品の魅力になっている。
一方で、アイデアそのものに仰天した作品もある。妊婦が胎児と対話する「人生」だ。シンプルなアイデア・ストーリーなのだが、それだけにインパクトは抜群。傑作である。
さらにラストを飾る「円」も凄い。秦の始皇帝の命を狙った刺客・荊軻のエピソードを幕開けにして、なんと三万人を動員した人体コンピュータの話になるのだ。人体コンピュータのアイデアは、『三体』でも使われていた。それを取り出して中国歴史SFにしてのけたのである。これもまた、とんでもない作品だ。なお本作は収録されていないが、大恵和実編の中国歴史SFアンソロジー『移動迷宮』も2021年に出版されている。中国歴史小説のファンが、こうした作品にも目を向けてくれると嬉しい。
あらためていうが本書は、劉作品の入門書であり、中国SFの入門書にもなっている。これから、どんどん刊行されるであろう中国SFへの最初の一歩として、これほど相応しい一冊はない。