【漫画】レシピ漫画なのに料理をしない回も? 『眠れぬ夜はケーキを焼いて』が心に残る理由

 料理レシピ本の書籍としての指標を示すことなどを目的に創設された「料理レシピ本大賞 in Japan」。2021年9月7日に第8回目の受賞作が発表されたこの賞では、滝沢カレン氏の著作『カレンの台所』が大賞に選ばれ、コミック賞には『眠れぬ夜はケーキを焼いて』が選ばれた。

 『眠れぬ夜はケーキを焼いて』は料理を題材としたコミックエッセイであり、受賞後の10月28日には第2巻が発売された作品だ。料理を題材とした漫画やエッセイ作品が数多く存在するなかで、本作が数多くの人に評価されている理由とは何なのか。本稿では「料理レシピ本大賞 in Japan」のコミック部門に選ばれた『眠れぬ夜にケーキを焼いて』の魅力について考察したい。

 本作で描かれるのはケーキやプリン、ジャムなどのレシピ。そして著者である午後氏が実際に料理する様子である。漫画作品でありながら、ほかのレシピ本と同様にレシピや工程をマネすることで、読者である私たちも作中に登場する料理を再現することができる。

 しかし本作で描かれるのは料理に関するものだけではない。作中では午後氏の心情や思考も料理のレシピや工程と共に描かれる。

 1巻「第1話 真夜中にケーキを焼く話」ではパウンドケーキをつくる午後氏の姿が描かれる。生活リズムが不規則になりやすく、18時間以上眠り真夜中に起きる日もある午後氏。夜中に起きて1日を無駄にしてしまったと落ち込みながらも、自分の不甲斐なさを料理を作り出すことによって生まれる達成感で打ち消そうとする。

 材料を泡立て器でかき混ぜる際に感じた、嫌だったことを思い出しながら一気に混ぜるとストレス発散になるという気づき。なぜ自分がお菓子ばかり作りたくなるのかという問いに対し、小さい頃によく見ていたアニメに登場した優しい家族と豪華なおやつを広い庭で食べる情景を無意識に再現しようとしているのではないかという考察。

 料理の工程をひとつずつ進めていくなかで、様々な心情を浮かべる午後氏の思考も、あらゆる方向に伸びていく。

 また本作に収録されているエピソードには、料理をするシーンがまったく描かれないものも登場する。2巻「第8話 真夜中にお風呂に入る話」で描かれるのは、連日に渡り憂鬱を感じていた午後氏がシャワーを浴びた際に感じたことである。

 鏡に映った自分の裸体を観察すると、自分がただひとりの存在であることの実感が湧いてくること。自身の体をひとつひとつ順番に洗っていくなかで、簡単な作業でもこなした事実を認めていくと小さな成功体験たちが足場となり、最初は不可能に思えた大きなことの実現さえも可能にしてくれること。「風呂は命の洗濯」という言葉のとおり、体を洗うことは身体の汚れだけでなく魂の汚れまで綺麗になっていくように感じることーー。

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