文芸評論家がミステリーファンにおすすめするファンタジー『聖女ヴィクトリアの考察』
物語は、アウレスタ神殿の第八聖女ヴィクトリア・マルカムが、主任聖女のオルタナから聖女位を剥奪される場面から始まる。5日間の懲罰房入りを経て、追放処分となることを宣言されたのだ。おお、ネット小説でよくある〝聖女追放〟物かと思ったら、追放される前に助けが現れた。エデルハイド帝国の騎士のアドラス・グレインだ。懲罰房からヴィクトリアを連れ出した彼は、自身が皇子ではないことを証明してくれと彼女に頼む。ある事情から皇子である可能性が持ち上がったが、アドラスにとっては迷惑なことだったのだ。
霊魂や魔力現象を視るできることから〝物見の聖女〟といわれるヴィクトリアは依頼を受け、アドラスと彼の従士であるリコと共に、帝国に向かう。だがそれによりヴィクトリアは、帝位継承を巡る争いに巻き込まれるのだった。
読んでいて驚いたのは、ストーリーの中盤でアドラスが、皇子かどうか判明してしまうことだ。だが、それにより物語が加速する。騒動の鍵を握っていたらしい人物が殺害され、その犯人としてアドラスが捕らえられた。そして、帝国議会議事堂で審議が開始。このクライマックスでヴィクトリアは、意外な真相を明らかにするのである。
主人公は特殊な力を持つが、使い勝手はよくない。また、一連の事件の解決にも、ほとんど活用されない。この点に不満を覚える読者もいるだろうが、私は感心した。呪術のルールなど、ファンタジー世界ならではの設定も絡んでくるのだが、それをトリックではなく、伏線に使用しているのもセンスがいい。ファンタジー世界に幻惑されるが、ストーリーの本質は、幾つかの手掛かりからヴィクトリアが真相を推理する、本格ミステリーなのだ。だからファンタジーのファンだけでなく、ミステリーのファンにも本書を薦めたい。そして作者には、今後も独自のミステリー路線を開拓していくことを、期待しているのである。