『鬼滅の刃』竈門炭治郎は王道の主人公ではない? 捻りを効かせたキャラクターをあらためて考察
成長の途中で物語を終えた
たとえば、【1・主人公とそのライバルが「拳を交わしたのちに友になる」という描写がない】ということが挙げられるだろう。従来の少年漫画の主人公とその親友(ないしバディ)になるキャラクターは、(最初は反発し合っているのだが)一度拳を交えて戦ったのちに心からわかり合う、というパターンが少なくない。これは、バトル漫画やスポーツ漫画の多くで見られる類型的な“演出”だが、『鬼滅の刃』ではそういう描写はほとんど見られない。
むろん、不死川玄弥[注]や嘴平伊之助らのように、当初、炭治郎に対し、反発ないし挑発してくるキャラクターは鬼殺隊内にも何人かいたのだが、そのいずれもが、炭治郎の圧倒的な心の広さの前に、(本気でぶつかり合うことなく)徐々に心を開いていくことになる。これは、「無限列車」の中で、“眠り鬼”の魘夢が放った刺客の青年が、炭治郎の「暖かい心」に触れただけで、何もできなくなったことにも通じるだろう(第7巻参照)。
[注]玄弥と炭治郎は、初対面時にやり合ってはいるが、その時は本気で拳を交えたというわけではない。
また、炭治郎のキャラクター造型には、【2・成長の途中で物語を終えた】という潔さもある。これもまた、類型的ではない、というか、従来の少年漫画だったなら、おそらく彼は、物語の終盤で「水の呼吸」から派生したなんらかの「柱」(=鬼殺隊屈指の剣士の称号)となり、宿敵・鬼舞辻󠄀無惨との死闘に挑んだことだろう。
しかし、周知のとおり、作者は主人公の成長をそういう風には描かずに、あくまでも「一隊士」のまま、最後の戦いを終えさせた。この展開もまた、既存の作品ではあまり見られない吾峠ならではの“捻り”が効いていて、私は好きだ。
そもそも鬼殺隊自体、政府非公式の謎の組織ということだが(第1巻参照)、名もなき剣士たちが、命を賭して、人知れず世界を救った。そしてその最大の立役者が、「柱」ではない(だが、妹や仲間たちのことを人一倍想っている)ひとりの隊士であった。そんな物語に胸を打たれない読者が果たしているだろうか。
いずれにしても、『鬼滅の刃』という作品には、煉󠄁獄杏寿郎や我妻善逸など、主役級の魅力的なキャラクターが数多く登場するわけだが、やはりこの、王道的な“キャラ立て”の中にもわずかな“捻り”を効かせた、竈門炭治郎という心の大きな主人公なしには、同作の社会現象的なヒットはなかった――というのは、いささか強引な結論だろうか。
参考文献:『鬼滅の刃 公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』吾峠呼世晴(集英社)
■書籍情報
『鬼滅の刃(23)』
吾峠呼世晴 著
定価:506円(税込)
出版社:集英社