藤本タツキ×林士平が語る、漫画家と編集者がタッグを組む意味 「ひとりで描いてるようで、そうではない」

藤本「僕は読者を信じています」

――第3話で、藤本先生が、第1課題の勝者へアドバイスをされますよね。具体的に言えば、第2課題の「ネーム作り」に行き詰まっていた新人の漫画家さんに、藤本先生は「キャラよりも展開重視で考えてみては?」と助言し、言われたほうも何か閃くという。一般論としては、「少年漫画はキャラありき」みたいな考え方もあるかと思いますが、これは以前から考えられていたことですか。

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藤本:いえ、もちろん展開も重要だとは思いますが、それは別にキャラを軽視してもいいということではありません。あの新人さんの作品を読んだ時、この人はすでにキャラクターは十分描けていると思ったので、だったら展開や見せ方を工夫したらもっとおもしろくなるよ、とアドバイスしたんです。逆の資質を持っている人だったら、おそらく逆のことを言っていたと思います。いま林さんが言ったみたいに、漫画作りにこれというノウハウはありませんから。

『チェンソーマン(1)』

――なるほど。それとは別に、藤本先生は、漫画には「読みやすさ」が大事だというようなこともおっしゃられていて、個人的にはなぜか、『チェンソーマン』の8巻に出てくる闇の悪魔が現れる場面を思い出しました。あの場面のビジュアルは、「巨大な手」といい、「空に浮かぶ無数の扉」といい、「身体を分断されている宇宙飛行士たち」といい、メジャーな週刊誌で連載されていた作品とは思えない、あまりにも前衛的なものです。ただ、そういう、ほとんどシュルレアリスムといっていいようビジュアルが続きはするのですが、エンターテイメントとしても読めるといいますか、ギリギリのところで、実験的な作品にはならずにメジャー性を保っている。それもまた、ある意味では「読み手」のことを藤本先生が突き放していないからかなと。

藤本:漫画に読みやすさやわかりやすさは必要だと思いますけど、あの場面については、むしろ、わかりにくくなるようにあえてしてみました。別の世界にいる理解不能な存在が現れるわけですから、その場面で、頭で理解できるような絵を描いちゃダメだろうと(笑)。でも、おっしゃるように、それは別に読者を突き放しているということではないんですよね。僕は読者を信じています。わかりやすくするために必要以上に説明過多になるというのは、かえって読者を馬鹿にしているということになると思うんです。読者というのは、こちらが思っている以上に、ちゃんと作品を読み取ってくれているものですから。

――ところで林さんは、「MILLION TAG」関係の打ち合わせ中、撮影されていることをどこまで意識していますか?

林:いや、全然意識していません(笑)。逆に言えば、他の漫画家さんたちとのやりとりもいつもだいたいあんな感じです。僕が知るかぎり、他の編集者たちも特に撮影されてるからどうということはないんじゃないかな。ただ、ちょっともったいないなと思うのは、カメラが回っていない時にも、当然、連載候補者の新人さんとはやりとりをしているわけです。食べ物を差し入れするとか、ふとしたときにアイデアを思いついて電話する、とかですね。そういうなにげないやりとりや、くだらない日常的な会話の中にも、きっと漫画作りのヒントは隠されているんじゃないかなと思います。

――この「MILLION TAG」だけでなく、いま話題になっている『描きたい!!を信じる~少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方~』という本を読んでも思いましたが、ここ数年、「少年ジャンプ+」と「週刊少年ジャンプ」は、率先して若い人たちに向けて「漫画を描くことの楽しさ」を伝えようとしていますよね。それが結果的に、ここ数年の両誌からのヒット作の連発につながっているのかもしれません。

林:「ジャンプ」系の漫画編集者というのは、昔から、他社で売れている作家さんを連れてくるよりも、一(いち)から新人さんと作品を作り上げていくタイプの人間が多いんですよ。もちろん僕もそうです。となると、どうしても、新人の漫画家さんや、その前の段階の、漫画家志望の子どもたちの存在が大事になる。今回の「MILLION TAG」もそうですが、今後も手を替え品を替え、そういう人たちの創作欲を刺激できたらいいと思っています。

タッグを組んで、漫画を作る

『チェンソーマン(11)』

――そろそろお時間だということですので、締めの質問をふたつほどさせていただきたいと思います。まず、「MILLION TAG」の優勝者の作品は、1話分相当のアニメ化もされるとのことですし、いまは漫画をスマホで読むという方も少なくないですよね。また、無名の作家がSNSで発表した漫画がいきなりバズったりすることもさほど珍しい現象ではなくなってきています。つまり、従来の、紙の雑誌と紙のコミックスだけで市場がある程度成立していた時代の漫画とは違う、「新しい漫画の形」がいま、生まれつつあるのだと思います。おふたりは、そういう現状をどうお考えですか。

藤本:たしかにここ数年、漫画の形は多様性を帯びてきてはいますが、僕の作品のスタイルは基本的にデビュー時からそれほど変わっていませんし、今のところ変えようとも思っていません。スマホの話で言えば、5年後、10年後も同じような形で存在しているかどうかわかりませんし、漫画家としては、そこまで媒体の変化に振り回される必要はないだろうと思います。それよりは、まず自分が「描きたいこと」を優先すべきだと思います。

林:うん、漫画家のスタンスはそれでいいと思うよ。ただ、編集者としては、143ページの作品を漫画アプリだったら一気に載せられるとか、そういう選択肢や可能性はこれからどんどん広がっていってほしいと思っています。締切やページ数、あるいは「色」の縛りから解放されて、よりおもしろい漫画を描けるという作家がいるのなら、そちらにシフトしてもらったほうがいいに決まってますから。いずれにしてもいまは漫画で「世界」を狙える時代。どんなやり方でもいいし、どんな入口から入ってくるのでもかまわないから、若い作家さんには貪欲になってもらいたいです。

――それでは最後に、それぞれの立場から、漫画家と編集者が「タッグ」を組むことの強みを教えてください。

林:タッグといっても、あくまでも「編集者は漫画家を支える存在」というスタンスは変わらないわけですが、漫画家がいまいるステージによって、こちらも少しずつ立ち位置を変えているようなところはあります。藤本先生についても、新人の頃といまとでは、かなり違う対応をしているはずです。ご本人がそれに気づいてるかどうかはわかりませんが……(笑)。具体的に言えば、いまの藤本先生にはもう漫画作りの初歩みたいなことは教える必要はありませんから、僕にできることは、預かった作品をいかに広く、多くの人たちに伝えられるかだと考えています。

藤本:いやいや、まだまだいろんなことを教えてくださいよ(笑)。「MILLION TAG」を見てもわかるように、編集者とのやりとりがいったん終わり、机に向かって漫画を描いている時は、僕らは孤独なんですよ。だからこそ、漫画家はいつも客観的な視点や意見を必要としています。林さんはレスも早いし、必ず的確な意見をくださるので、それはもう、長いつき合いになりますが、いまだにありがたいことだと日々感謝しています。林さんの目線というのは、常に「一般的な感覚」を失っていませんから。有名な編集者になってもそこはまったくぶれていないし、信頼しています。やはり漫画っていうのは、ひとりで描いてるようで、そうではないんです。「MILLION TAG」からも、すごい漫画家と編集者のタッグが誕生することを期待しています。

■番組概要
漫画家発掘バトルオーディション番組「MILLION TAG」
配信先:YouTube 「ジャンプチャンネル」
配信日:2021年 7月2日(金)~8月20日(金) 毎週金曜日18時配信 全8回
スタジオMC:お笑い芸人・四千頭身/声優・佐倉綾音
ジャンプチャンネルURL:https://www.youtube.com/c/jumpchannel

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