『建築知識』編集長に訊く、バズる専門誌の作り方 大きな転換点となった“猫のための家づくり”

三輪浩之氏

 1959年に創刊、2021年7月号が通巻800号に達した建築専門誌『建築知識』。創刊以来さまざまな企画を発信し、専門家のみならず多くのファンを作ってきた。

 近年は、正統派でありながら楽しくてタメになる企画も多く、2019年10月号が専門雑誌でありながら5刷を記録するなど、ときに重版がかかるほどの人気となっている。

 そんな同誌の強みとは何か。従来の読者層を大切にしながら分野の壁を越えてファンを増やし成長してきた軌跡、企画・編集にまつわるエピソードについて、編集責任者の株式会社エクスナレッジ取締役副社長、三輪浩之氏に訊いた。(木下恵修)

「猫好き」がきっかけでバズる企画が生まれた

ーーまずは『建築知識』について簡単にご教示ください。また2021年7月号で通巻800号を達成したことについて、率直なお気持ちはいかがでしょうか。

三輪浩之(以降、三輪):『建築知識』は建築士や施工関係をはじめ、不動産、金融、確認審査機関など、建築にまつわる人々に役立つ知識をご提供することを基本としています。

 ところが、創刊号(1959年1月号)を手に取ってみると、「専門家に限らず一般の方にも読んでもらえるような内容にしていきたい」といった主旨の言葉が記されていました。近年人気を博した「猫のための家づくり」特集や、建物や風景を描く際に参考となるような特集は、いわば「専門的な建築の知識を求める(建築系ではない)一般の方」にもしっかり興味を持ってもらえたことの表れかと。創刊の精神がようやくかなったような気がして非常にうれしく思いました。

 いま雑誌が厳しい時代にあって、60年以上続いている老舗雑誌の舵取りはプレッシャーもあります。私が『建築知識』に携わってから20年ほどですが、私の代で終わらせることはしたくありませんし……。おかげさまで、スタッフも優秀なので、ここ何年かはずっと部数を伸ばしてきました。既存の読者を大切にしつつ、新たな企画で新規読者の獲得を試してみたり、片付け・収納の専門家や料理研究家に家を語ってもらうなど新しい書き手を発掘してみたり、様々なアプローチを試みました。話題になった人気企画がある一方で、たくさんの失敗もあります。そうした中での800号達成は、本当にうれしく、ありがたいことだと思っています。

800記念号(「建築知識」2021年7月号)

ーー三輪さんはこれまでどのように『建築知識』に関わって来ましたか?

三輪:2002年、31歳のときにエクスナレッジに入社してすぐ、『建築知識』編集部に配属されました。当時のエクスナレッジは、まさに雑誌社という感じで、雑誌メインでときどきムックや書籍などを制作していました。2008年頃、すでに編集責任者として働いていたのですが、書籍事業の強化という会社の方針により、『建築知識』編集部から一度離れることになりました。

 書籍の部署では建築の専門書だけでなく一般実用書も手がけてきました。中でも『解剖図鑑』シリーズはこれまでに40冊以上出版していますが、その多くを担当しました。『日本の神様 解剖図鑑』や『日本の戦争 解剖図鑑』『百人一首 解剖図鑑』など、建築とは関わりのないタイトルがいくつもありますが、実はいずれも『建築知識』と同じつくり方をしています。家を建てるには、平面図・断面図など一つの建物をいろんな角度から見た図面が何枚も必要になりますよね。『建築知識』や『解剖図鑑』シリーズも、「図版を多用して分かりやすく解説する」「あらゆる事象の平面・断面を切り出し、新たな視点を与える」ことを念頭にしているのです。といっても、書籍を始めた当初はつくり方があまり分かりませんでしたので、がむしゃらにやっていました。

 建築分野から離れつつも、同じ手法が通用することが分かったことは、『建築知識』においても分野を横断するという新たな特集のきっかけとなりました。2015年に『建築知識』の担当に戻ってからは、こうした経験が良い意味でフィードバックされたと思います。

ーーそうした背景で「猫のための家づくり」を含めた人気特集が生まれたのですね。

エポックな企画の出発点となった「猫のための家づくり」特集(『建築知識』2017年1月号)

三輪:そうですね、2017年1月号の特集「猫のための家づくり」は、大きな転換点だったと思います。この企画は私や私の上司が猫好きで、猫を飼っていたから、ということもありますが……。当社は猫関係の本を多く刊行しており、猫の完全室内飼いが一般化していることを知りました。その一生を家で過ごすのであれば「雑誌の特集でもいけるのでは」と漠然と考えたのです。それが大ウケしました。たとえば間取りに関しては、猫にとって「窓際のキャットウォークは幅何ミリならくつろげるのか」「キャットステップの段差は何ミリなら無理なく上れるのか」「猫用ドアはどのくらいの寸法なら太めの子でも出入りできるのか」などミリ単位で寸法まで示したことがよかったみたいです。また動物行動学の専門家による監修で猫の習性なども紹介しました。

 この特集は、一般の方も時には単なる家の知識だけではなく、細かな寸法や素材、さらには生態に基づく設計手法など少し尖った方面の知識を求めているのだと気づくきっかけになりました。企画段階では、編集部員からは「マジすか!」「できません!」と抵抗に遭いましたが(笑)、でもそんなスタッフの1人が取材先で出会った猫を飼い始めるなど、いろいろな意味で新たなフェーズに進めた号だったと思います。

ーーやはり動物を扱った企画は読者の反応もいいですか?

三輪:同じ年の10月号でやった「犬のための家づくり」はさほど売れませんでした(笑)。猫も犬も、家庭で飼われている数は1,000万頭程度と同じくらいなので、満を持して特集を組んだのですが、犬は猫と違って立体的な動きはあまりなく、間取り等の工夫があまり必要ではないのです。犬でも階段を上り下りしやすいように勾配を緩くする、もしくは斜路にする、足腰を痛めないための床材な何がよいのか、散歩帰りの洗い場をどうするかなど考えるなどはありますが…… どうやったら犬が暮らしやすい家になるのか、猫のときと比べて私の執念と愛情が不足していたのかもしれません。

擬人化でバズった「建築基準法キャラクター図鑑」(『建築知識』2017年12月号)

 かわいい系ですと、同年12月号で組んだ「建築基準法キャラクター図鑑」という特集がバズりました。建築基準法の内容を美少女キャラクター化したものですが、複雑で理解しにくい法律がキャラの性格やキャラ同士の関係性によって分かりやすくなりました。この擬人化はシリーズ第2弾を2018年10月号で実施。「建築構造BLキャラクター図鑑」と銘打って、難解といわれる建築構造をBLの美少年キャラにしました。

 こうして猫の企画も含め、専門性を維持しつつ、より広い分野の方が知りたいと思っている建築の知識を楽しく紹介していくカタチが出来上がっていきました。なお表紙に関しては、創刊当時から著名なデザイナーに装丁を依頼し、イラストにもこだわってきました。最近は、デザイナーに名和田耕平さん、イラストを去年は大川ぶくぶさん、今年は吉田誠治さんにお願いしています。専門誌として一定のステイタスを保つために、表紙からしっかりと作り込むという姿勢を継続しています。

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