カラテカ矢部太郎、なぜ漫画家としてブレイクした? 新刊『僕のお父さん』に光る“お笑いのセンス”

 お笑い芸人として活動しながら、初めて描いた漫画作品『大家さんと僕』が手塚治虫文化賞短編賞に選ばれたカラテカ矢部太郎。彼の最新作『僕のお父さん』が6月20日の“父の日”に合わせて発売された。

『大家さんと僕』

 『大家さんと僕』は矢部氏が暮らしていたアパートの大家であるおばあさんとの日常を描いた作品。本作は絵本作家のお父さんと暮らしていた矢部氏の幼き日々を題材とした作品である。発売から1週間ほどで重版が決定したことから、矢部氏への注目度の高さがうかがえるだろう。

 矢部氏のお父さんは絵本作家を仕事としており、家族で食べるごはんや子どもだった矢部氏が泣いている様子など、目にしたものをなんでも絵に描く人物として描かれる。本作は矢部氏がお父さんの描いた絵日記を見て蘇った記憶を物語として描いた作品なのだという。

 『大家さんと僕』や『ぼくのお父さん』はどちらも短編集であり、大家さんであるおばあさんや家族と過ごす日常が描かれる。夫婦の暮らしや自身の子どもを育てる日々など、身近な人とのつながりを題材とした漫画作品は数多く存在している。しかし矢部氏の描く物語は、感動話として描かれることが非常に少ない。

 例えば、『ぼくのお父さん』でお父さんが体調を崩し入院してしまうエピソードが登場する。お母さんは仕事を辞めて家事に専念したり、幼い頃の矢部氏もお風呂そうじ係になってお手伝いをしたり。お父さんが育てていた大量のひょうたんを家族で収穫し、お父さんが書いたメモに従いタネを取り出し乾燥させたりするなど、家族みんなで協力して入院した父親を支える様子が描かれる。

 ここまで聞くとまるで感動を誘うような話だが、このエピソードには続きがある。退院したお父さんは乾燥させたひょうたんに水を入れ「一度これで水を飲んでみたかったんだよね~」「ちゃんとタネぬいた?」と言いながら腰に手を当て飲む。そんなお父さんを家族全員あきれているような様子で見る姿が最後のコマで描かれるのである。

 ふふっと笑ってしまうシーンが多く描かれる矢部氏の作品を読んでいると、お笑いコンビ「カラテカ」として笑いを極めていた経験が感じられる。人と人が織り成す日常という題材や絵の柔らかさから、ハートフルで感動する物語だと想像できる読者の予想を矢部氏は破壊する。まるで手のひらをそっと返すような優しさで。

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