実写映画化で話題 『夏への扉』が“永遠の傑作SF”と称される理由

 味わえるカタルシスの中にあって、ピートという猫の存在がとても大きな意味を持っていることも、ファンを増やした要因だ。ダンが飼っているピートは、冬になると家中にある扉のひとつが夏に通じているという信念で、ダンに扉を開けろと要求する。寒いのが苦手な猫ならではの渇望が、逆境からの大逆転を描くストーリーと重なって、何かと沈みがちな気持ちを前に向けさせる。映画でも、猫のピートがしっかりと登場して好演を見せてくる。もうひとり、藤木直人が演じるロボットが、原作にはない活躍ぶりを見せるのにも注目だ。

 『陽だまりの彼女』や『アオハライド』など、キラキラとした恋愛模様を撮らせて右に出る人のいない三木監督だけに、『夏への扉―キミのいる未来へ―』は他にも見所がいっぱいだ。原作では11歳の少女だったリッキィが、清原果耶演じる女子高生の璃子として登場し、山﨑が演じる高倉と思い思われるような関係を見せる。NHKの連続テレビ小説『おかえりモネ』でヒロインを務める目下の注目株が見せる、初々しさにあふれた表情を堪能したい。

 『夏への扉』というSF小説や映画についてもう少しだけ踏み込むなら、設定に“時間”というものの存在が大きく関わっている。それは、同じ三木監督によって映画化された七月隆文の小説『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』も同様だ。映画では福士蒼汰が演じた美大生の南山高寿は、通学途中の電車で見かけた小松菜奈演じる福寿愛美に一目惚れする。勇気を出して声をかけたらOKをもらえて有頂天。付き合い始めた2人だったが、実は愛美には想像を絶する秘密があった。

 高寿がまだ教えていないことや、高寿にこれから起こることを、なぜか知っているような言動を愛美が見せたことが、そうした秘密へと近づく鍵。時間がくるりと円環になった『夏への扉』よりもトリッキーな、すれちがう時間という設定の上に濃密な恋情を描き、離ればなれになっても残る思いが次の出会いに繋がるという希望を描いて感涙に導く。『夏への扉』でSFや三木監督作品に関心を抱いた人に、触れて欲しい小説であり映画だ。

※山崎賢人の「崎」は「たつさき」が正式表記

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書誌情報
新版『夏への扉』(ハヤカワ文庫SF)
著者:ロバート・A・ハインライン
翻訳:福島正実
イラスト:まめふく
出版社:早川書房

■公開情報
『夏への扉 ―キミのいる未来へ―』
6月25日(金)全国公開
出演:山崎賢人、清原果耶、夏菜、眞島秀和、浜野謙太、田口トモロヲ、高梨臨、原田泰造、藤木直人
監督:三木孝浩
脚本:菅野友恵
主題歌:LiSA「サプライズ」(SACRA MUSIC)
音楽:林ゆうき
原作:ロバート・A・ハインライン/福島正実訳『夏への扉』(ハヤカワ文庫)
制作・幹事:アニプレックス、東宝
制作プロダクション:CREDEUS
配給:東宝=アニプレックス
(c)2021「夏への扉」製作委員会

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