よしながふみ『大奥』なぜ“男が使いものにならない”世界を描いた? 投げかけたメッセージを読む

 赤面疱瘡という成人男子だけがかかる原因不明の奇病によって男性の数が激減し、将軍家・徳川も女子が継ぐことになり、大奥には3000の美男が集められた――2004年に始まったよしながふみの漫画『大奥』が2021年に完結した。

男女の差のない社会を描くために、男を退ける

 2017年に始まったドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(マーガレット・アトウッドの1985年作の小説が原作)は、アメリカからキリスト教原理主義者が独立した近未来を舞台に環境汚染や原発事故、遺伝子実験などの影響で出生率が低下し、数少ない健康な女性はただ子供を産むための道具として、支配者層である司令官たちに仕える「侍女」となるように決められたディストピアを舞台にした物語を描き、第75回ゴールデングローブ賞作品賞・女優賞受賞など高い評価を得た。『大奥』はその向こうを張るような設定で、男が種付け以外に使いものにならなくなった世界を描く。

 もっとも、『大奥』からは「男が抑圧された社会」という印象をそれほど受けない。作中でも断りがあるように、出産・育児・家事・仕事を一手に担うようになった女性の大変さのほうがむしろ際立っている。

 これがジェンダーギャップ指数が先進国最低を突っ走り、女性にばかり負担がいく日本社会の似姿であることは自明だし、病気でもないのに男性が負担していない(したがらない)ことの多さに改めて気づかされる。

 作者のねらいは「女性上位社会」を描くことにはない。「身分も性自認・性的指向も関係なく、適材適所で働き、生きられる社会」を描くことにある。これは作中後半以降に語られる徳川家定や家茂の思想や行動から容易に推察される――たとえば家茂は和宮と女性同士で養子を迎える。

 ところが、女性も活躍することによって赤面疱瘡という疫病を克服し、西欧列強に対して開国して近代化をめざすことを決めた結果、皮肉にも『大奥』で描かれた男女共同参画社会はバックラッシュを起こし、物語は幕を閉じる。

 西欧の文明が進んでいるのは「男社会だからだ」と考える西郷隆盛は、歴代徳川将軍が女であり大奥が男ばかりの場所だったことは「恥」だと言い切り、江戸城を開城させたのち、その証拠となる書物・文書類をひとつ残らず焼き尽くしてしまう。女性たちは「いなかった」ことにされる。

 これはもともと現実の歴史書が抱えている問題でもある。男性社会のなかで書かれた歴史書では、為政者・権力者の妻や後見人を務めた女性でさえ、功績やエピソードはもちろん、名前も記されないことがざらにある。そこにいて何かをなしたはずなのに、何もしなかったかのようにしか歴史に遺されなかった、あるいはそもそも記述されなかった女性が無数にいる。『大奥』終盤の展開はその暴力を改めて読者に体験させる。

 男女を等しく扱うには、女を軽んじ、女の存在を消そうとする男たちを退ける必要があるという逆説を、この作品は描く。

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