西條奈加『心淋し川』が激戦の直木賞を制した理由は? 細谷正充が作品の魅力を紐解く
第164回直木賞は、ノミネート作品が決まった時点で、大きな話題となった。理由は、加藤シゲアキの『オルタネート』だ。周知のように加藤シゲアキは、男性アイドルグループ・NEWSのメンバーとして活躍している。その一方で作家活動も続けており、青春小説『オルタネート』で、直木賞にノミネートされたのである。この発表があった後、あちこちのニュースになったので、ご存じの人も多いだろう。
その他にも、今回の直木賞は話題があった。この点を説明するために、ノミネート作品を見て見てみよう。
芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』(文藝春秋)
伊与原新『八月の銀の月』(新潮社)
加藤シゲアキ『オルタネート』(新潮社)
西條奈加『心淋し川』(集英社)
坂上泉『インビジブル』(文藝春秋)
長浦京『アンダードッグス』(KADOKAWA)
うん、この作家と作品のセレクトは興味深い。まず作家だが、6人すべてが直木賞初ノミネートである。さらに作品の傾向がバラバラ。青春小説から時代小説まで、ジャンルは多彩だ。ミステリーが複数あるが、物語のタイプは違っている。よくぞこれだけバラエティ豊かに並べたものである。おそらくこれは、近年の直木賞の方向性を反映したものであろう。
日本の文学賞でもっとも有名なものは、芥川賞・直木賞だ。芥川賞が純文学、直木賞が大衆小説を対象としている。受賞が決定するとすぐにニュースになり、受賞した本は帯が付け替えられ、書店に平積みされる。この受賞を切っかけにして飛躍した作家も少なくない。
そんな直木賞だが、昔は話題になるのが、受賞が決定してからだった。しかし近年は、ノミネート作品が発表された時点で話題になるようになった。ネット時代になり、情報の拡散力がけた違いになった結果であろう。また、長引く出版不況により、主催側や出版社が、話題の長期化を歓迎しているのかもしれない。多分に私の想像が入っているが、このような状況を踏まえ、今回のノミネート作品が決められたと思っているのである。
ただ誤解しないで欲しいのは、単なる話題性だけで選ばれたわけではないことだ。読めば分かるが、どの作品も実に面白い。よくぞこれだけの作品を揃えたと、感心してしまったほどだ。それだけに予想はお手上げ。いったい誰が受賞するのかとワクワクしていたら、西條奈加の『心淋し川』に決定したのである。