『ONE PIECE』空島編で”脱落”するのはもったいない! ロマン溢れる冒険譚の魅力を再検証
また『ONE PIECE』の世界では、仲間の存在が非常に大きな意味を持つ。アラバスタ編では仲間であるビビのために戦い、そのストーリーに読者は共感し感動を覚えた。心身共に傷つけられたビビのために戦うルフィ達を見ると、手に汗握り応援したくなる。しかし空島編にそういったストーリーはない。
そのため感情を揺さぶるようなストーリーを求めている読者からすると、空島編はどこか冗長な印象を与えてしまうのだろう。しかし、もちろん空島編を推しエピソードとする読者も多く存在し、空島編には空島編なりの魅力がある。その筆頭と言えるのが「黄金探しの冒険」と「ノーランドとカルガラの物語」だ。
空島にてナミは驚くべき物を発見する。それはジャヤに存在したはずのクリケットの自宅の片割れ。黄金卿のあったジャヤは海に沈んだのではなく、一味が乗ったのと同じ上昇海流で空に飛ばされ、空に浮かんでいたのだ。そしてそれに気付いた麦わらの一味は黄金探しの冒険を開始する。ノーランドが残した「ドクロの右目に黄金を見た」という言葉を頼りに、謎を解きながら黄金に近づく一味。この謎を解きながら密林を進み、黄金を探すという展開こそが、空島編の大きな魅力だ。空に島があり、その島には謎と黄金があり、そして敵がいる。『ONE PIECE』にて必須である“ワクワクする冒険”というカテゴリーで言えば、空島編は随一のエピソードだと言える。
そして空島編の1番の魅力は、新世界編に突入した現在でも指折りの名ストーリーとして語られる、「ノーランドとカルガラの物語」だろう。クリケットの先祖にして、世界一の嘘つきとされるノーランド。ノーランドは過去、実際に空に飛ばされる前のジャヤを訪れていた。当時ジャヤには正体不明の伝染病が蔓延しており、それを呪いと勘違いした島民は神と崇める大蛇に生贄を納めている。
しかしノーランドはその大蛇の首を一刀両断。食ってかかるジャヤ1番の大戦士・カルガラに、自分がこの村を救って見せると言い切ったのだ。そしてノーランドは実際に特効薬を作り、村を救う救世主となった。その後ノーランドとカルガラはすっかり意気投合し、親友となる。そしてカルガラは自分達の大切な黄金卿をノーランドに見せた。ノーランドは特に黄金の鐘の音色を気にいるが、そんな矢先ある事件が起きる。カルガラを含む村の人間が、ノーランド達に冷たく当たるようになったのだ。突然の事態に困惑するノーランドだが、出航間近にその真意を知ることとなる。ノーランドはカルガラ達が命よりも大切にしている先祖の魂が宿る“身縒木”を、全て切り倒してしまったのだ。
しかしそれには理由があった。ジャヤを蝕んでいた伝染病「樹熱」は、樹から人間へと感染る病だ。そして身縒木はすでに樹熱に蝕まれていたため、ノーランドはそれらを切り倒した。その事実を知ったカルガラはかけがえのない親友を失ったことに気付き、出航してしまったノーランドに「鐘を鳴らして君を待つ!!!!」と言い放つ。その後ろでは黄金の鐘がいつにも増して強く鳴り響いていた……。
しかしノーランドとカルガラは、その後再会を果たすことはなかった。それは、ノックアップストリームによってジャヤが空に飛ばされてしまったためだ。そして数百年後ジャヤの片割れで黄金を夢見るクリケットに、空島から黄金の鐘の音を届けるルフィ。数百年もの時ををかけ、黄金の鐘の音はモンブランに届いたのだ。
確かに一味のメンバーが各々個性の強い敵と仲間のために戦う、胸が熱くなる感覚が好きな読者であれば、空島編は少し物足りなく感じてしまうかもしれない。しかし空島編には他のエピソードでは味わえない“少年少女のロマン”が詰まっているのである。もし本稿を読んでいる人のなかに、実際空島編で脱落した読者がいれば、ぜひもう一度空島編の完読に挑戦してみて欲しい。
■青木圭介
エンタメ系フリーライター兼編集者。漫画・アニメジャンルのコラムや書評を中心に執筆ており、主にwebメディアで活動している。